いろ

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【好き嫌い】

 好きな食べ物は何ですか。嫌いな季節はいつですか。そんなありきたりな質問が、昔から苦手だった。質問者の期待に反しないように、周りの空気を壊さないように、そればかりをいつも考えていた僕には、自分の好き嫌いというものがよくわからなくて。にこやかに笑いながら「だいたい何でも好きだよ」と返してばかりだった。
「キミのそういうところ、ちょっとムカつくな」
 不機嫌そうに呟いたのは、人生で貴方が初めてだった。困惑する僕へと、貴方は頬杖をついたままの姿勢で視線だけを流しやる。
「だって定食セットにデザートのゼリーがついていると嬉しそうだし、梅雨になって湿度が上がってくると鬱陶しそうにしているでしょ。そういうのを好き嫌いって呼ぶんだよ」
 窓の外では雨が降りしきっている。水滴に濡れた窓ガラスに、貴方の顔が無機質に反射していた。
「別に真実だけを話さなきゃいけないわけじゃないし、人付き合いには適度な嘘は必要だけど。キミのそれは、あまり良くないと思うよ」
 どうしてと尋ねれば、貴方はようやく僕へと向き直った。伸ばされた人差し指が、僕の胸を軽くノックする。
「自分自身の気持ちを誤魔化して、自分自身にまで嘘をつくのは。キミの心が可哀想だ」
 悲しそうに眉を下げて微笑んだ貴方の表情に、心臓が僅かに収縮する。胸が痛くて、熱くて、感情がごちゃ混ぜになる。
(ああ。僕はもしかして、貴方のことが『好き』なのかな)
 いつものようにニコニコと愛想笑いで「ありがとう」と貴方の忠告を受け流しながら。窓ガラスを伝い流れていく雫を横目に、そんなことを考えた。

6/12/2023, 11:34:58 AM