猫宮さと

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《視線の先には》
私はあの日、空の上で彼の命を救おうと身を投げ出し、逆に彼に命を救われた。
そして、闇の印とされていたほぼ白かった髪は銀に、同じく赤紫の瞳は青紫に変わった。
結果、彼からの闇の者としての疑いは完全に晴れて、今に至る。

それでもお互いの習慣みたいになったので、私は今も彼に伴って出勤先である本部へ来ている。

今は、昼休み。
食堂で昼食を食べ終わり、彼が食後のお茶を持ってきてくれるために席を離れていた時だった。

「失礼します。これ、読んでもらえますか?」

脇からそっと声を掛けられたのでそちらを向くと、ダークブラウンの髪の若い男性兵士が二つに折ったメモを私の目の前に置き、お辞儀をしていた。
不意を突かれたのと相手の態度が丁寧だったのもあって、私はついメモを受け取っていた。
「はい、分かりました。」

すると若い兵士はパッと顔を上げて喜んだと思えば、また深々と頭を下げて、

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

とまた丁寧なお辞儀をして、足早に立ち去っていった。
何があったか分からないままメモを見ると、そこにはちゃんと揃えて書こうという努力が見られる文字でこう書かれていた。

『今日15時に、誰にも知らせずにこちらの場所へ来てください。
 決して危害を加えるつもりはありません。伝えたいことがあります。』

その下には、軍の所属と氏名。たぶん、さっきの人の物。
伝えたいこと…心当たりはないけど、何かあったのかな。
とりあえずメモをポケットに入れて、紅茶とデザートを持ってきてくれた彼にお礼を言った。
その時、背後の食堂出入り口の辺りから男の人達のちょっとした歓声が聞こえてきた。


15時前、私は彼にちょっと出てくる事を伝えて所定の場所に向かった。
来てみれば、ほぼ人通りのない建物の裏手。袋小路みたいなところ。
その壁際にさっきの手紙の主、ダークブラウンの髪の若い兵士が背筋を伸ばして立って、こちらを見ていた。

「すみません、お待たせしました。何のお話でしょうか?」
待たせてしまったお詫びも含めて挨拶をすると、兵士は更に姿勢を正し、ぴしっと敬礼をした。
「いえ、こちらこそご足労いただきまして申し訳ありません!」
食堂の時は声を潜めていたのだろう、その時とは全く違うキリリとした発音で挨拶が返ってきた。

「話は、ですね…。」

が、本題に入ろうとした途端に兵士は口籠った。
その表情は、かなりの緊張に包まれてて、目元も赤い。

え、私もしかして何かやらかしちゃったのかな?
つられて私も緊張してしまう。

「はい…。」

そして暫しの沈黙。
どんな内容が来るのかのハラハラもあり、気まずい空気。
その空気を取り除くかのように、兵士は一つ大きく息を吸って、切り出した。

「先にお詫びします。
 あなたのご迷惑になるだろうとも、あの方の意に背くだろうことも理解しております。」

深呼吸で気まずい空気を取り去った若い兵士は、ハキハキと口にする。
その表情は先ほどとは打って変わって、緊張は解けていないが決意にも溢れていた。

私の迷惑? 彼の意に背く?

出だしの深刻さに真剣に耳を傾ける。
その言葉は、先へと続いた。

「それでも、言わせてください。

 私は、あなたが、好、……っ!!」

す? 何?
そこまで続いた言葉が、急に途切れる。
その瞬間、兵士の顔が真っ青になり、今にも震えだしそうな目でこちらを見ている。

私? どうかしたの?
緊張と兵士の豹変に驚いて言葉も出せずに、私は思わず自分の顔を指差した。
ところが、兵士は目を逸らすことなくぶるぶると顔を横に振る。

なら視線は私の後ろか、と振り向けば。

そこには、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……という効果音を背負っていそうな迫力の彼が、無表情で立っていた。

「「……ひっ!!!!」」

口から飛び出るのを何とか押さえた悲鳴が、知らず兵士とユニゾンする。

たたた、確かにこれは震える!
でも何これ意味分かんない!!

「そこの君。」
地の底を這うような彼の声が響く。

「はっ、はい!!!!」

若い兵士は彼の声に圧倒され、ダークブラウンの髪を逆立てん勢いで姿勢を伸ばし最敬礼をした。
私も同じく圧倒され、呼ばれてもいないのに背筋がびくんと伸びた。

「現在、我が国の軍は前皇帝の侵略や弾圧行為もあり、国内外共に厳しい目で見られている状況だ。
 そんな時にこのような人気のない場所に女性を呼び出し二人きりになるなど、あらぬ誤解を受けかねない行動を取らないように。」

あ、そうだ。
3年前に邪神復活を先導していた前皇帝は、自国の下級労働者を弾圧し、他国への侵略を進めていた。
帝都の住民や上流階級は優遇されていたからむしろ現状に不満を示す人もまだ多いけど、国内の他の地域や他の国の人々は今もかなりの割合が帝国に忌避感を持っている。
私も考えなしだったな。反省しなきゃ。

しょんぼりしてる私の横で、胸を反らし空を見上げるような体勢になっている若い兵士が叫ぶように答えた。

「仰るとおりです!大変申し訳ありませんでした!!」

それを見た彼は一息の間の後、
「理解出来ればいい。持ち場に戻りなさい。」
と、兵士に指示を出した。

「承知しました!それでは失礼させていただきます!」

若い兵士は再度最敬礼を取ると、私にも頭を下げた後に一目散に兵士休憩室へ向けて走り去っていった。
その後姿を彼と二人で見送っていたけど、彼が大きく息を吐いたかのように肩を一度動かすと、くるりと私の方へ振り向いた。

怒られる!
完全に私が悪いと分かっているけど、さっきの彼の迫力に圧倒されていた私は、思わずぎゅっと目を瞑る。

「ご、ごめんなさ…」

まずは考えなしに動いたことの反省の意を示そうと謝罪を口に出した瞬間、目の前から声がした。

「本当に、心配を掛けないでください…。」

さっきとはまるで違う、不安が漏れ出たような、勢いのない声。
その声に誘われたかのように、私はおずおずと目を開いた。

するとそこには、腰をかがめ、私に目線を合わせている彼の顔。
眦を下げ、不安そうな瞳には私がはっきりと映っている。

その視線に絡め取られて動けないまま、再度私は謝罪する。

「はい、ごめんなさい。」

謝罪は聞き届けられ、彼の表情は緩く解けた。

「…何もなければ、それでいいです。」

受け入れてくれた返事の声も、緩く柔らかに解けて、いつもの彼に戻っていた。
そんな彼を見てホッとした私も全身の強張りが抜け、表情も緩む。

「それでは、戻りましょうか。」
彼はいつもの笑顔で私の手を取り、歩き出した。
私もその手を握り返して、一緒に歩き出した。

7/20/2024, 1:40:03 AM