#02 『幸運を。』
「今日の授業では“リマインテージ”について扱う。」
先生の言葉に心がドキリと音をたてた。
「リマインテージとは簡単に言えば魔力が刻まれた特殊な魔道具のことを言う。」
汗ばむ手の平を膝の上でギュッと握った。
「リマインテージが最初に創られたのは約500年前、魔術史での夕幻時代の頃になる」
ただ教科書を見ながら先生の話を聞くのはなんだか落ち着かなくて、ペンをクルクルと回してみる。やっぱり落ち着かなくて、寮のふかふかベッドに思いを馳せる。
「エリーナ、授業に集中しろ!」
あ、怒られた……。
私の家は由緒正しき魔術師の家系、の分家だ。それこそ本家は夕幻時代の前から続いてる家。分家ではあったけど本家との仲は悪くなくて(寧ろ魔術師の中では仲が良い方だ)、私は幼い頃から本家のお屋敷に行っては本家の子といっしょに遊んでいた。お屋敷には面白い物がいっぱいあった。あちこちに飾られた魔生動物の素材や魔生植物のドライフラワー、空飛ぶカトラリーに開ける度に中の部屋が変わる扉だって!
なんでもあるお屋敷の中でも特に好きだったのは倉庫だった。いろんな物が乱雑に詰め込まれた倉庫はお屋敷の中をギュッと凝縮したみたいでとびきり楽しかったのを憶えている。独りでに喋るパペット人形に自分じゃない誰かが写る鏡、デタラメしか書けない日記帳なんてのもあった。勿論何にもならないガラクタだったけど、まだ幼くてなかなか魔術に触れさせてくれなかったからか倉庫の中は私にとって宝箱みたいだった。
私がそんな中から見つけ出したのは一本の万年筆だった。細かいキズが付いて使い古された万年筆。キズだらけだったけど、小さい頃の私にはそれがとてつもなくカッコよくて、特別に見えて、コッソリとポケットに入れて倉庫から持ち出したんだ。
「リマインテージ、かぁ……」
考えていたことがそのまま口から出て慌てて手で抑えた。危ない、同室のサンドラに聞かれてたら変に見られるところだった。
リマインテージ。すごーく昔に作られた特殊な魔道具。それを作る技術は第一次魔術大戦の時に消失してしまったらしい。私はこの万年筆がリマインテージではないかと疑っていた。
この万年筆は特別だった。この万年筆で文章を書くと、絶対最後に『Good luck.』と締めくくってしまうのだ。数式を解いてるときも、魔術式を書いているときも、日記を書いているときも手紙を書いているときだって。最初は私の思い通りに動くのに最後の最後で勝手に動いて『Good luck.』と書いてしまう。数式の最後に書かれた『Good luck.』なんて、ちょーダサかった。誰にも見せなかったけど、一人でずーっと笑えた。今だって思い出し笑いができるくらい、ダサかった。
そんな『Good luck.』という言葉にも、この万年筆にも、なにか思いが込められているかもしれない。そんな事を授業が終わってから考えていた。リマインテージには、その道具の使用者の思いが、魔力が、今の技術じゃ再現できないくらい深く刻まれているらしい。もし、この万年筆がリマインテージだったとしたら、これを使っていた人はきっと『Good luck.』の言葉に強く強く思いを乗せていたんだと思う。ただの一本の万年筆が長い年月をかけても忘れられないくらい、強く。
手紙でも書いていたんだろうか。ふと、そう思った。家族か、友人か、恋人か、誰かはわかんないけど、とても大きな何かに向かって行く人がいて、その人に手紙を送っていたとしたら。『Good luck.』で締めるのは、とてもぴったりなんじゃないか。だったらきっと、この万年筆の持ち主にとって、手紙の受取主はとても大切な人だったんだろう──────
「……ナ!……ーナ!エリーナ!こっちに戻ってきて!」
「うわっ!?びっくりしたぁ。何か用?サンドラ」
「ずっと呼びかけてるのに気付かないんだから。もう夕飯の時間よ」
「え、もう!?」
どうやら考え事をしすぎて時間を忘れてしまっていたらしい。夕飯は寮のみんなで食べるから、遅れると寮長に怒られちゃう。
「サンドラ、速くいこう!」
「遅れてたのはエリーナのほうでしょ!?」
──────。
「エリーナ・アシュリー二等魔術師。貴様はエルドンムンドに配属だ」
ついに、来てしまった。最近物騒になって、いろいろな所で戦火が広がり始めている。一応は魔術師だし、教会勤めだからいつかは指令がやって来ると思っていた。でも、こんなにも早いとは思わなかった。
エルドンムンドは現在時点での最前線だ。すでにそこで何人かの先輩達が、同級生達が、戦い亡くなっているのを知っている。そして、次は私の番らしい。
サンドラは元気だろうか。魔術学校時代は勝ち気で実践魔法の授業が大好きだったけど、いつの間にか彼女は古代魔術研究者の道に進んでいた。進路が決まった時、同級生たちにに「お前ら逆だろ!」と言われて笑われたのを憶えている。彼女は今魔術大学校で古代魔術の研究に勤しんでいるはずだ。なかなかに優秀だし、前線に送られることは余っ程のことがない限りないはずだ。
手紙を書こう。もう、いつ死ぬかわからないのだから。エルドンムンドに配属されたから、きっと生きていても終戦までは彼女には会えない。
教会付きの寮に戻って便箋を取り出す。どのペンで書くか悩んで、机の引き出しの奥に仕舞っていた古い万年筆を選んだ。この万年筆が、私の思いをサンドラに届けてくれる気がした。
Dear Sandra
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────Good luck.
5/10/2024, 9:58:13 AM