美佐野

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(凍てつく鏡)(二次創作)

 思い切って肥料撒き機を買った。「今更?」などと不躾な感想を述べたロックは心の中で簀巻きにした。いくら無尽蔵の体力を誇る牧場主シオンとて、寄る年波には抗えないのだ。
(随分、遠いところまで来たなぁ)
 冬を待つばかりとなったアンバーの月10日、凍てつく鏡に映る自分を見る。髪はすっかり色褪せてシルバーに近い色、顔には幾つもの皺。一方、一緒に暮らしている穀潰しはというと、大きい子供がいるとは思えないぐらい若々しい。
(あいつ働かないで遊んでばかりだもんな。この年になっても)
 どこからか拾ってきた捨て子も今や立派な若者になり、ロックより余程牧場仕事を手伝ってくれる。将来は芸術家になりたいらしく、ゴーディの元に頻繁に通ってはいるが、ゴーディがいるからこそ谷で生きる意思も強く、片手間だが牧場自体は継いでくれるらしい。
「いやぁ、ゴーディいなかったら絶対あいつ谷から出てたよね」
 いつの間にかロックがいて、能天気に鏡を覗き込んでくる。本当に、自分と同年代とは思えないぐらいの風貌に、一周回って腹が立ってきた。
 とはいえ、昔に比べればロックも随分早起きになった。そして聞くところによると、昼間も谷のあちこちで昼寝をしているらしい。体力の貧弱なことだ。
「さて、と」
 シオンは鏡に布を掛けると外に出る。季節の変わり目を前に、畑で出来る仕事は少ない。家畜たちを放牧して、搾乳や毛刈りを終わらせれば、最低限やることは終わりだ。今日は気分もいいから、喫茶店あたりまで足を伸ばそうか。
(ロックがいそうな気もするけど)
 恋愛感情はお互いなく、友情も然程無いのだが、なんとなく一緒に暮らし始め、なんとなく拾った赤子を育て上げ、今に至る。まあそれでも悪い人生では無かった。
「一雨、来そうだな」
 そしてそれは、夜更けすぎに雪へと変わるだろう。インディゴの月は、もう目と鼻の先だ。

12/27/2025, 11:59:38 AM