「後悔ってこうかい?なんつって……」
ダジャレは宙をまった。それだけだ。
笑ってくれるひとなんてましておらず、ツッコミも、無視するひとすら、いない。
風景はいつもとかわらず……
あじけないくらいまっしろな雪は、町中のやわらかな照明に、うっすら照らされて……
太陽も、空も、草も花すら、なんにもない。
なんにもないが、
雪と建物と、針葉樹以外、なんにも残らなかったが、おれはまだここにいる。
弟すらいなくなったのに。おれだけいる。
なんでもないような素振りで立ち上がってみた。
ずっと地べ、雪べた、に座ってたから、ズボンは雪を吸い込んで、ぐしょぐしょだ。
弟がいまのおれを見たら、どう思うかな。
「ウヒョウ!これで洗濯しなくてよくなったな……なんてな」
そんなこと、いうわけなかった。
あるくと、履いたスリッパが毎回雪にしずむ。
お世辞にも、あるきやすいとは言えない。
当たり前だ。室内用のスリッパだし。
弟が「ちゃんとした靴はきなよ!」って、隣であるくたび、言ってきたのをよく覚えてる。
ほんとにそうだ。思い出してるだけなのに、弟の言葉に納得できるよ。
弟は「転んだらカクジツ顔からだな!
兄ちゃん、いっつもパーカーのポケットにていれてるし!」とも言った。
おれが、いいダジャレを言って……弟がおきまりに地団駄をふんで……そのとき、なんて言ったかは忘れたがたのしかった。
さいごに「兄ちゃんがころんだら、ぜーったいわらってやるからな!」って捨てゼリフみたいなのをのこして、早歩きでおれをおいこしてく。
おれより、ずっと弟はデカくて背が高いから、おれは追いつけなかった。
……まちのあかりから、背をむけて、歩いていると、だんだん周囲に霧がかかってきて、ちょっと先すら見えなくなってくる。
転ばないように、できるだけしっかり歩いていると、なにかが足に絡まった。
そのせいで、バランスをくずして顔面につめたい雪が容赦なくぶつかった……めちゃくちゃつめたい、
自分でもびっくりするくらいすばやく上体を起こし……ひとまず冷却スプレーを顔面にふきつけられたみたいなショックからは開放される。
それでも、足にはいまだなにかが絡まってた。
なにが絡まってるのか、を確認すべく、膝をおこす。
密度が高くて、しろいが、濁っている、霧のなかだ。
スバスバ、舞い上がった雪が視界をたびたび邪魔する。
おれの足でばさばさ揺れてるのは、赤いぬのきれだった。
弟の赤いスカーフ。
分かった途端に手をのばしたが、
わかった途端、視界がグニャッと歪んだ。
思わず目をつぶって、なにかを掴んだ感触に、もう一度目を開けた、ただの雪を、にぎりこんでるだけだった。
ちょっと笑えたが、いまにもとんでいきそうなくらいはためく赤いぬのを、みたら、真逆に泣きそうになる。
「あー……くそ」
雪とか風とか、視界をおおう霧とか、それでも眩しいぬのきれ。
ぐちゃぐちゃだったが何とか掴んでひきよせた。
「くそっ、くそ〜……」
むなしいだけだ。
ぬのきれをだきしめて、ただのぬのきれなのにな、とは思ったが、それを邪険にすることもできずに、ぬのを飛んでいかないように、風から守ろうと、背をまるめて、あげくに額を雪べたへひっつける。
目元の雪が、少し濡れたのを一瞬見た。
赤い布は弟のだ。
クズでバカでヘタレなおれの、めちゃくちゃもったいないくらい、いいやつだった弟のスカーフだ。
「う、……ッう……」
おれは後悔のしかたすら、
立派な弟から学んだ。
ころんだおれを笑うことすら、弟はできない。
5/16/2024, 6:14:54 AM