3月のある日。テストも終わり午前授業のため校舎に人影は少なくなる午後14:00。
早く帰ってもやることがない僕は音楽室でひっそりピアノを弾くことをここ最近の日課にしていた。
あー今日は何を弾こうか、ショパンかバッハかヴィヴァルディやハイドンでもいいな。
そんな事を考えながら音楽室に続く廊下を歩いていると声が聞こえた。
「らららーららしらーらー」
知らない女子生徒の姿だった。いつもは誰もいないはずのこの音楽室に人がいたこととか、なぜか聞き覚えのある音だなとか、この曲なんだったっけなとか。そんな事を考えていたはずなのに。
「っ」
彼女が息を吸ったその瞬間から僕は動けなくなった。
踊るように跳ねる指。ピアノの上を駆けていく。
楽しそうにリズムを取る左足。変な余韻はつけず、けれど物足りなくならない右足のペダル。
ふわっと開いた窓から風邪がやってきて、カーテンがふわふわと彼女とピアノの周りを舞っていて。
風に遊ばれる猫っ気のような髪も、楽しそうに緩んだその口元も。
高度なことをしているくせに、それを感じさせないピアノの腕前。
全部が僕を一瞬で虜にした。
曲はクライマックスに駆け上がってさらに指は跳ね踊り、彼女の小さな体からは考えられないようなパワフルな演奏。
あぁ。そうだ。僕はこんな世界が見たかったんだ。
そう思ってしまう音楽だった。彼女の世界だった。
時はあっという間で、いつの間にか最後のアルペジオ。指が回る回る。目でも追えない速さなのに耳では粒がはっきりとらえられる技量の高さ。
最後の1音まで離さないというようなプレッシャー。
ポン
ゆっくりと彼女が鍵盤から手を挙げたその瞬間まで。僕は微塵も動けなかった。
「…ふぁーーたのしぃ」
誰も聞いてないからと聞こえた彼女の声。
あまりにも音と雰囲気が違いすぎて。
僕の心臓は激しく動き出した。
なんとかこの思いを伝えなければ…とやっと一歩を踏み出した。
僕と目が合う彼女。その瞬間もう僕の心臓は破裂した。
「…あ、あの…」
「……ま、まさか」
小さな体を震わせて彼女は僕を見る。
「…聞いてたんですか…?」
「いや、その…」
「はいスミマセン。キイテシマイマシタ」
ジトッとした目にやられて素直に言ってしまった。
僕の口のバカ。 もう少し言い逃れできたはずだろっ…
すると彼女はだんだんと顔を赤らめ手で隠してしゃがんでしまった。
「なんで早く言ってくれないんですかぁ…もぉぉぉ」
「スミマセン。本当にスミマセン。どうしても聞きたくなってしまって…」
ダメなことをしたと自覚はあるので平謝りをする。
すると彼女は下から不貞腐れた表情のまま感想を聞いてきた。
「どうでしたか…?やっぱり私の演奏は自由すぎますかね?」
「はい?どういうこと?自由すぎて何がダメなの?僕にはとてつもなく響いたし憧れたしなりたくてもなれない奏法を持ってるのに?何がダメなのさ」
思わず倍喋ってしまったけどまぁ後悔はない。
ていうかこんな才能と努力の持ち主なのになんで自信ないんだよ。おかしいだろ
「…ふぇ?」
「だかぁらぁ…貴方の演奏がとても心に響いたんだって。とんでもなく好きだったんですよ。っていうこと。伝わる?」
これ恥ずいな告白じゃんほぼ。とか考えたけどそれは一回置いておいて、彼女を見据える。
ぽかんとした彼女は少しずつ理解をしたようで花がほころぶような、そんな温かい笑みをこぼした。
「うぇへへ…ありがとううれしいですとっても」
あぁかわいいななんて思いながらつい真顔になってまうよな。冷静にギャップがおかしいだろ。
「私も…貴方の音、好きです」
「…え」
なんていった?僕の音が好きだって?
「いつ聞いたの」
「ここ最近、隣の準備室で一人で勉強してたんです。誰もいないとこがよくて。そしたらある日あなたの音が聞こえてきて」
「まったく知らなかった…」
ですよねと笑う彼女。頼むからもう少しさっきの存在感を出してくれよ…
すると突然彼女は僕の手を取った。ゑ?
「貴方の繊細だけどダイナミックな音、クラシックを愛してると言わんばかりの音すごくなぜか惹かれちゃったんです」
ボクコクハクサレテル?
「うぁぁ違います告白じゃないですっっ」
顔をまた赤くされた彼女に全否定された。やべ、声に出てたか。
でもそんな否定しなくてもいいじゃんと思いつつ僕は口を開く。
「えー残念ですね。告白じゃないんだ。でも嬉しいですありがとう」
こちらこそとはにかむ彼女に僕は言う。
「じゃあそんなに僕の音を聞いてくれたなら、明日も君の音を聞かせてよ」
君のラから始まるあの曲を聴いた瞬間から僕はもう堕ちてしまったんだから。
これだけなんて耐えられない。
「えぇ…ほんとに言ってますかぁ」
「ほんとに言ってますぅ」
もーと頬をふくらませる彼女に自分は頬を緩めながらも明日から始まる日々に心弾ませたのだった。
#ラララ
3/7/2025, 3:05:10 PM