森川俊也

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#5

馬車に乗り込み、暫く揺られていると見覚えのない景色に移り変わり始めた。
どうやら私が普段生活しているのは中央地区とやらで、帝都には他にも北地区と東地区、西地区に、今向かっている南地区があるのだとか。
何より驚いたのは、地区によって全然雰囲気が違うこと。
北地区は風の魔力粒が多く、緑色の風。東地区は炎の魔力粒が多く、赤色の風。西地区は、雷の魔力粒が多く、黄色い風。南地区は水の魔力粒が多く、青い風なのだそうだ。中央地区は、全てが均等に混ざるがゆえに無色らしいのだが。
実際、馬車が進むにつれ、窓越しの景色が青みがかっていっている。
魔力粒というのは、コレまた厄介で一地区に一人しかいないという魔法士の魔力源になるとともに、なんの害もない動物たちに中毒症状を起こさせ、魔物化させてしまうというメリットとデメリットを兼ね備えたものだ。
因みに、この魔法士というのは珍しいが故に家族以外には知らせないのだそう。
「お嬢様。後数分で南の市に着きますよ」
ガーナに言われてよくよく景色を注視してみれば、成る程、分かり辛いが夕方のような気もする。
「夕市はついた時には開いているのかしら?」
「いいえお嬢様。馬車が到着するのは夕市が開く一時間ほど前となっております。」
「そうなの。それじゃ、その間何をしようかしら。」
私の学習範囲は中央地区だけで、南地区については学んだこともないし特産品も知らない。
どうしようかと真剣に悩んでいると、御者が嗤いながら言ってきた。
「お嬢様。でしたら近くにいいところがございますよ。」
笑いながら言われるのは馬鹿にされているようで癪だけれど、いいところとやらが気になるので続きを促す。
「ウォード様の贔屓にしてる店ですよ。」
こんなところでウォード様の名前が出てくるとは思わなくて、思わずバランスを崩してしまう。
「ウォード様の!?」
「ええ。気になりますか?」
「気にならないわけがありませんわ!」
「でしたら、其処に向かいましょうか。」
言うなり御者は手綱を握り直す。方向が右に曲がって、どんどんと中央地区に似た町並みになっていく。空気が色づいていなければ、中央地区と言われても疑わなかっただろう。
「南地区にこんなところがあったんですね…。」
ガーナも知らなかったらしく、窓の外を楽しそうに眺めている。
「はは。この辺りはマイナーですからね。この辺に住んだことでもない限り南地区の住人ですら知らないんじゃないでしょうか?」
「?それじゃ、貴方やウォード様はこの辺りに住んだことがあるのかしら?」
ふと疑問が口をついて出る。すると、御者は一瞬バツが悪そうに顔を顰めてから口を開いた。
「無いわけではないですね…。ウォード様とは一時期関わりがありましたから、その時に。」
「そんなこと知らないわよ!詳しく!」
「あはは…。それは今度にでもウォード様からお聞きしてください。」
ドレスすらくださらないウォード様が教えてくれるのかしら?つい悲観的になってしまう。
言葉尻を濁す御者に恨みがましい視線を向けながら、ウォード様お気に入りのお店を楽しみに背凭れに垂れかかるのだった。

7/4/2025, 2:35:52 PM