手の、人差し指を、逆の手で横に引っ張ると、いつかどこかのタイミングでこの水かきみたいなところは、裂けるんだろうな、と思うのに、そこまで引っ張る力もないのだ。水掻きが裂ける前にたぶん骨が外れるだろうし。
踵の上、アキレス腱のところもどうかすると切れるんじゃないかと思う。あとは膝の裏、少し曲げると出てくる2本の腱。手首を逸らすと時々見える腱も。切れるんだろうけど切れずに日々を過ごす。時々想像して、胃の中からひんやりと迫る恐怖感を楽しんだりして。いや足がすくみ腰が抜けそうになるのであまり楽しくはないはずで、でも想像はしてしまう。切れるよな、と思う。
思うだけだ。
いや時々映画で見ることもある。
目とか、爪とか、体のどこか先端部とかより腱が怖い。怖くて見てしまう。起こりようがないという世界に対する信頼があってそれらをエンタメとして見れてしまう。
見れてしまっていた。
起こりようがない。
起こりようがないわけがない。
起こりようが、ない、わけがなかったのだと、今日のニュースを見て思う。
起こりようがないようにしていただけだ。
起こしていいと思えば起こってしまう。つまり、やろうと思えばできるのだ。やろうとなんて思わないはずだったのに、思うようになってしまった人たちがいて、それを、なんで止められないのか。
どうして。
今の世界を維持したいのなら、それは禁忌だと強く訴えてそに価値観を押し付けるように共有させなきゃいけなかったんじゃないのだろうか。
どうして。
誰かの派手なアクションのために数多の死体がうまれるアクション映画を、どうして、見ていられない。あの舞台セットのような死に方を、強いられている人が、現に、いるのに。
4/2/2026, 3:12:12 PM