「起立。礼。ありがとうございました」
日直の声が響き、生徒たちが口々にありがとうございましたーと復唱する。そしてすぐにざわざわとした雰囲気の中、部活に行くものや帰宅するもの、バイトに行くもの、遊びに行くものとそれぞれに分かれはじめた。
「健太!お前もカラオケくるか?」
友人の声にそちらを振り向くと、数人の男子がゾロゾロとやってくる。これからみんなでカラオケに行く約束なのだろう。
「いや、わりいけど、今日は見舞いに行く日なんだ」
そう言ってすまんと手を合わせれば、友人たちはこっちこそごめんな!と口々に謝ってくる。いい奴らだ。
俺に気にせずいけよと言って、健太はリュックを背負って早々に教室を後にした。
健太が向かったのは病院。手には土産の漫画とゲームが入っている。学校に持って行くと怒られるので、一度家に寄ってから来た。
慣れたように受付で手続きをして、すぐに病室へと向かう。ガラガラと音を立ててドアが開くと、中は大部屋で数人がこちらをみる。それにも慣れたように挨拶をすると、仕切りをくぐって、一目散に一人の女性の元に歩いていった。
「よ、佳穂。元気か」
「元気よ。また来たの?」
もうっという佳穂は、口では憎まれ口を叩きながらやけに嬉しそうだ。
「足の靭帯切ったくらいで、毎日来なくていいって」
ため息をつく佳穂の隣に腰掛けつつ、健太は土産を机に置いた。
「お前おっちょこちょいだからな。心配だろ。ほら、暇つぶしと学校のプリント」
「……ありがと」
照れくさそうに笑いながら、佳穂はプリントをペラペラと眺める。開け放たれた窓が少し冷たくなってきた風と金木犀の香りを迎え入れる。
「で、最後の大会には出れそうなのか」
「どうかなあ。リハビリによるって先生は言ってたけど、もう部活引退して勉強したらって親は言ってる」
ペラペラとプリントをめくったまま、こちらを見ない佳穂の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「お前はどうしたいんだよ。高校最後の試合だろ」
ぐしゃぐしゃな髪のまま、佳穂は俯く。そして震えた声で呟いた。
「……そりゃあ出たいよ。最後だもん。思いっきり全力で走りたい」
「じゃあ、メソメソしてる場合じゃないな!」
健太はニカッと笑うと、スケジュール帳を取り出す。
「一緒に作戦考えようぜ」
その様子に佳穂は安心したように笑って、もうっとまた言った。
「どっちがいい成績残せるか勝負だからね」
10/12/2024, 3:11:42 PM