エルルカ

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【お題:心の深呼吸】

 コトン。と、静かな空間に空になったコーヒーカップが置かれる音が響く。
 すかさず、助手のミケがコーヒーを煎れ直そうとしたので、片手で制した。

「大丈夫ですよ。少し休憩します」
「かしこまりました。ご無理はなさらぬよう、ハイナ様」

 まるで召使いのように一礼したミケに、苦笑だけ返した。
 貴女は私の従者ではないとか、様を付ける必要はないとか、言っても無駄なのだ。
 彼女はそういうふうにプログラミングされているから。
 それが、コアと呼ばれる、彼女達意思を持つ機械なのだ。

『お疲れですね? 神谷』
『……体、変わりますか?』
『いいえ、お気遣いなく。その研究は貴女の研究ですし、あまり体を使うと、ミケさんに睨まれますし』

 体の奥底から、頭に直接語りかけてくる声。自身の中に封じ込められている、破壊を司る神の眷属、ホワイトビートの声だ。
 私の血筋は神谷の血筋と呼ばれ、特殊な血になる。故に様々なオカルト的儀式に用いようと命を狙われてきた歴史を持つ。

 その血を利用し、太古レークスロワをその力を持って破壊せんとした、神の眷属が一対を封じた。
 血で封じられた眷属は、その血を持つ人間の中にずっと封じられたままであり、私はその影響を受けた状態で産まれてしまった。

 結果的に、血が途絶えなければ起きるはずのなかった、ハイナ・ホワイビートという破壊を司りし眷属は目覚めてしまったわけである。
 ただ、破壊に飽きたそうで、現在は私の中で大人しくしていてくれている。度々体を使われることはあれど、特段不便はない。

 少々、頭の中がうるさいくらいの弊害だ。

「……ホワイトビートですか」
「今私の体を使う必要はないそうです」
「普段でも使わせる必要はありません!」

 ミケは心底嫌だというように、顔を顰めている。
 意思を持つ機械だの、神の賢者だの、私の周りは随分と騒がしいなと思いながら、窓の外をふと見た。

 一面の砂漠が窓から見える。
 研究者地区中央主任。それが今の私の肩書きである。

 椅子に座った状態で体を伸ばす。そして、深呼吸一つ。
 柱の中で、たまたま発言しやすい位置にいた。そもそもホワイビートさんと、私の精神が混じりあっていた時期があり、その間性格がホワイトビートさんに引きずられ、様々な采配をするに至った……。
 柱の中でも、確固たる地位をいつの間にか築き上げられていた私は、中央主任だけでも肩が重いのに、レークスロワにとって重要となるであろう事柄の意見を求められることもある。

 正直勘弁願いたい。まぁ、そういう時は潔くホワイトビートさんに体を渡し、押し付けるのだが。

 ふぅと、ため息一つ。

 息を吸って吐いてを繰り返したって、現状は変わらない。そもそもミケを従えてしまった上に、ホワイトビートさんを身に宿す自分が、重要な場面で引っ張り出されないはずもない。

 それでも、たまには思うのだ。
 私にだって、心の休憩……強いて言うなら、心の深呼吸とでも言うだろうか。精神的に一休憩させてほしいと。

「柱って厄介な役目ですよねぇ……」
『何を今更。嫌なら誰かに押し付けてしまえばいいのですよ、柱は神谷一人ではないですし』
『……それ、貴女が許します? 退屈になりますよ?』

 独り言を態々拾ったホワイトビートさんは、私の反論に黙り込んだ。退屈嫌いな彼女が首を突っ込んでくれるから、私は対応に追われるのだ。
 脳内会話を眉間を揉みほぐしながら繰り広げ、はぁと二回目のため息。

 私の休憩はまだまだ先のようだ。

ーあとがきー

今回のお題は心の深呼吸!
うん、短編が思いつかないと悩んで悩んで、研究者地区とハイナちゃんを語ってないなぁと思いまして、此度の語り部は、神谷ハイナちゃんです。
短編を更新する度に、専門単語が増えているような気がしますね。コアが初登場です。
コアについては、どこかで詳しく語れたらなぁと思います。
神谷の血筋も、生存者が少ない血筋となるので、この辺りも語りたい所存。多分流血注意の注意書きが現れることでしょう。
ホワイトビートさんの破壊の力は、今後いつ語るかはわかりませんが、彼女の爪痕自体はレークスロワの随所で見られたりします。ついでに言えば、前回の時を紡ぐ糸で出てきた、新旧四対の一体ですね。
実は短編で、新旧四対のうち、知識だけは語り部となったことがあるのですが、これも語れるだろうか……。
語りたい事が相変わらず多いです……。
さて、長くなりますので今回はここまで。
それでは、またどこかで。
                 エルルカ

11/27/2025, 4:19:04 PM