「見つめられると」
信号が赤に変わった。
交差点の向こう側に、見覚えのある姿が目に入った。
特徴的な外見だから、すぐに分かった。
……何故、この確率を疑わなかったのだろう。
見るわけない、分かるわけない。
なのに、
視線が交わった。
貴方に見つめられると、途端に緊張が走る。
息を呑んだ。
知りつくしている視線だった。
貴方に見つめられると、あの頃の熱が甦りそうで怖い。
今、私の表情を映し出すモノは何も無い。
どうか、どうか、浮き上がっていませんように。
貴方の視線は簡単には避けられない。
この距離の無意味さが身に染みる。
何故、無駄に視力がいいのよ。
ただ、最後に見かけれたらいいな、くらいだったのに。
信号が青に変わった。
目を逸らし、あたかも何でもないかのように人混みに紛れて、そのまま直進する。
距離が近づいてくる。
斜め前方から鋭い視線を感じる。
……別の痛すぎる視線もあえなく喰らう。
迂回せずに慣れたルートで帰ればよかったのに。
自分の微かな欲求に忠実に従ってしまった罰なのか。
貴方の香りに混じって、知りない芳醇な香水の香りが届いた。
貴方は、もう私の手の届かない位置にいるのだから、そろそろ自覚してください。
いや、わたしもか。
……見つめたって、もう無邪気な頃の私たちには戻れない。
貴方の隣りに近づくことすらも叶わない。
貴方の見つめるべき相手は、貴方のその真横に居る。
振り向くな、わたし。
3/28/2024, 1:27:45 PM