139

Open App

「君と一緒に来られてよかった」

 そう言って彼は目線を外へと向けた。私も釣られて外を見る。

 ローストビーフが美味しいと評判の、都心にあるホテルのレストランに連れられてきた。高層ビルが建ち並ぶ都会で癒しのスポットとして、最上階にある庭園とそれに面したフレンチレストランがよくテレビやSNSで紹介されている。
 確かにその通りだった。
 ローストビーフ狙いで訪れたレストランは、一面ガラス張りで外がよく見える。ライトアップされた庭園には季節の花が咲いていて、管理が行き届いているのが分かった。その庭園の先に夜景が広がっていた。
 暗闇の中、キラキラと輝くビルの灯りと、控えめに輝く星空。全席窓に面していて、案内された時に思わず「わあ」と声を上げてしまったほどだ。すっかりローストビーフのことなんて忘れてしばらく夜景を満喫していた。ローストビーフに釣られたことを知っている彼は、私の変わり身の早さに終始苦笑いしていた。
 ちなみに噂のローストビーフは本当に絶品だった。柔らかくて、ジューシーで。今まで食べてきたどのローストビーフよりも群を抜いていた。オープンからずっと客が絶えないわけである。

「どうしても君に見せたかったんだ」

 コース料理のデザートまで食べ、食後に出されたコーヒーをちびちび飲んでいると、彼の手が伸びてきた。咄嗟にカップを持っていない左手を差し出し、彼の手を掴んだ。私に手を掴まれた彼は一瞬目を丸くして、笑った。

「察しがいいんだか悪いんだか」
「え?」

 私がカップをソーサーに戻したタイミングで、私の左薬指にスルッと何かが通った。第一関節に若干引っかかりつつも、指の根本まで通ったソレ。私の手から彼の手が離れると、夜景のように輝くシルバーリングが見えた。私は勢いよく手を引いて、まじまじとシルバーリングを見た。ダイヤモンドがあしらわれたデザインは、先月彼に見せたSNSの写真とそっくりそのままだったのだ。
 言葉が何も出てこなくて、無言でひたすらシルバーリングを見つめる私に、彼が笑って言った。



「そちらを婚約指輪にしてもよろしいですか?」




『夜景』

9/19/2024, 8:27:04 AM