小説
おばみつ
伊黒小芭内様
あのね、伊黒さん、聞いて欲しいことがあるの。
私、貴方のことが、す
くしゃりと手紙を握り潰す。手に墨が着くことも厭わず、私は小さな想いを握り潰した。
冬の夜は心を弱くすると実感する。
「駄目よ蜜璃…勘違いしちゃ…」
彼は皆に優しいのだから。決して私だけに優しい訳では無いのだから。
屑箱に握りつぶした手紙を投げ捨てようとする。はしたないと思いながらも大きく腕を振り上げた。
けれども、出来なかった。
これは私の気持ち。私の大切な想い。それを屑箱に投げ捨てるなど出来るはずもなかった。
「…」
腕を下ろすと、私は力なく手紙を見つめる。手紙の至る所にまるで涙のように墨が滲んでいた。
この手紙は隠してしまおう。
本棚の中から一冊の本を取り出す。西洋の童話『人魚姫』。和訳されたそれを初めて読んだ時、なんて悲しい物語だと涙した。
だから私の想いはこの本に隠す。
想いを言葉に出来ずに泡になる人魚姫。伝えたくて、知って欲しくて、溢れて、溶けた。
この想いが、私自身が溶けてしまうまでこの隠された手紙が開かれることは無い。
本を閉じ、元の場所に戻す。
小さなため息をひとつ零し、私はまた彼に手紙を書くべく机に向かった。
2/3/2025, 7:47:10 AM