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83.『Secret love』『言い出せなかった「」』『信号』


 私には誰にも言えない秘密がある。
 それは、高校生になっても可愛いぬいぐるみを集めているということだ。

 いい歳してぬいぐるみが趣味と言うのは、さすがに公言できない。
 親は何も言ってこないのが救いだけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 普段からクールに振舞っている私にとって、この秘密は絶対に知られるわけにはいかないものだった。

 本当は、思い切ってぬいぐるみ仲間を作りたい気持ちもある。
 中学生の頃、ぬいぐるみで盛り上がっているクラスメイたちがいた。
 けれど、ちっぽけなプライドが邪魔して言い出せなかった「仲間に入れて」。
 その事を後悔したまま、今日まで趣味を隠し通してきた……

 そのため隠すのであれば、部屋に置くことは出来ない。
 よく友人が遊びに来るので、飾ってあるとバレてしまう可能性があるからだ。
 私は部屋にぬいぐるみを置きたいのを我慢して、親に使ってない部屋をもらい『ぬいぐるみ部屋』にした。
 自室とぬいぐるみ部屋を分ければ、バレないからだ。

 そうやって誰にも知られることなく、長い間一人でぬいぐるみたちを愛でていた。
 家族以外は誰も知らない、秘密の愛<secret love>。
 そうして私は、ぬいぐるみたちとささやかながらも幸せな日々を過ごしていた。

 今日、この日までは――

「ねえ、沙都子、こんなのを見つけたよ!」
 私は絶句した。
 家に遊びに来た友人の百合子が、私の大事なぬいぐるみを持っていたからだ。
 しかも特にお気に入りのクマのぬいぐるみ――テディベアだ。
 特に価値のあるものではないが、誕生日プレゼントでもらった大切なものだ。
 私は体中から血の気が引くのを感じた。

「さっき沙都子の家を探検して見つけたの。
 可愛いから持ってきちゃった」
 最悪だ。
 コイツだけには知られたくなかった。
 部屋には鍵をかけていたのにどうして……
 いや、今はそんな事はどうでもいい。
 大事なのは、百合子が私のぬいぐるみを持っているという事。

 いつも私にからかわれている百合子の事だ。
 ここぞとばかりに仕返しをしてくるに違いない。
 そればかりか他の友人たちに言いふらされるかもしれない。
 なんとか誤魔化さないと!

 けれど、顔に出さないのが精いっぱいで何も名案が思い浮かばない。
 動揺のあまり、過去の記憶がフラッシュバックし始めた。
 私、ここで死ぬかもしれない。

「ところで、これって沙都子のぬいぐるみ?」
「ちが……」
 言いかけたところで、私は思い直す。
 ここで嘘をつくのは得策ではない。
 普段の自分ならうまく誤魔化せたかもしれないが、動揺している今の私ではかえって怪しまれる可能性がある

 それならいっそ、部分的に認めてさっさと話題を変えるほうがいいだろう。
 『嘘を信じさせるには、少しだけ真実を混ぜろ』だっけ。
 とにかくこの場を凌ぐ事に専念しよう。

「そうよ。
 と言っても子供の頃にもらった物だけどね。
 10歳の誕生日に親からもらった宝物よ。
 今日のアナタみたいに家の中を一緒に冒険して、よく遊んだものだわ。
 さすがに昔みたいに遊ばないけど、なかなか捨てられなくてね。
 どこで見つけたか分からないけど、せっかくアナタが見つけたことだし、この部屋に飾ることにして――」
「めちゃくちゃ喋るじゃん」
 しまった!
 焦りすぎて、余計なことまで喋ってしまった。
 早口になっていた気もするし、そもそも嘘がどこにもない。
 少しの真実はどうした?

 さすがに気づかれたかもしれない。
 恐る恐る百合子の表情を伺うと、百合子が心配そうな顔でこちらを見ていた

「もしかして体調が悪いの?
 さっきから信号機みたいに、顔が青くなったり赤くなったりしてるよ」
 気付かれてないようだった。
 助かったものの、これ以上話を続けるわけにはいかない。
 すでにグダグダで、このまま居座られたらボロを出してしまう。
 早急に帰ってもらおう。
 
「そうね、今日は体調が良くないの。
 遊びに来てくれたところ悪いけど、帰ってもらってもいいかしら」
「うーん、まあ、仕方ないね」
 そう言うと、あっさり百合子は部屋の入り口に向かった。
 妙に素直だなと不思議に思うが、さすがに病人(仮)に対して食い下がる気はないらしい。
 その辺りは、気の利くいい奴である。

「私が帰ったら寝るんだよ。
 隠れてゲームしちゃダメだからね。
 自分では大丈夫と思っても、」
「オカンか」
 気が利き過ぎて、過保護になってる。
 それに言われるまでもなく、今日の私はまるでダメだ。
 こんな日は、大人しく寝るに限る。

「おっといけない」
 百合子は手に持っていたぬいぐるみを、入り口のそばにある本棚の上に置いた。

「このぬいぐるみが見張ってるから、すぐ寝るんだよ。
 いいね?」
「子どもじゃないんだから……」

 ぶっきらぼうに答えるが、私の心は少しだけ弾む。
 子供っぽいからと、部屋には置いていないぬいぐるみ。
 けど『百合子が置いていった』ことで、堂々と置いておく事ができる。
 言葉には出せないが、百合子には少しだけ感謝だ。

「あ、最後に一つだけ」
「まだあるの?」
「ぬいぐるみが好きなのは変じゃないよ」
「な!?」

 油断していたところに放り込まれた爆弾発言に、私の頭は真っ白になった。
 そんな私をにんまりと笑いながら、百合子は部屋から出て行った。
 聞き分けが良すぎると思ったが、どうやら最初から気づいていたらしい。
 まんまとしてやられた形となった。
 私は悔しさでいっぱいになるが、心の片隅では少しだけホッとしていた。

「もう隠さなくてもいいんだ」
 バレてしまった事は、もう無かった事に出来ない。
 そして口の軽い百合子の事だから、明日にはきっとクラス中に知れ渡っているだろう。
 つまり、もうコソコソする必要はもうない。
 堂々と、ぬいぐるみ集めが趣味だと言うことが出来るのだ。

「気を使わせたのかしら……」
 そんなに気の利くようなヤツじゃないんだけどな。
 気にはなるがそれは後で考えるとして、今は明日の学校の事を考えることにしよう。

「ぬいぐるみ仲間、出来るといいな」
 まるで子供の様にワクワクしてしまった私は、興奮しすぎて眠れない夜を過ごすのであった。

9/10/2025, 11:37:39 AM