NoName

Open App

薔薇の花弁の裏に潜んだ蜥蜴が、目に付いた生白い物体を敵視し喰らいつく。痛みに指を跳ね上げた少年は、柔らかい肌着から肩をはだけさせ、眉を顰め少し怖気付いた様子で蜥蜴を睨み付けている。
「良い絵だろう?」
その絵を矯めつ眇めつするアルフレッドに対して、フランシスは得意気に言った。
「カラヴァッジョ、だよね。レプリカかい?」
「ああ。ミラノ生まれの偉大な画家の、ね」
フランシスはそのキャンバスを躊躇なく3本の指先でなぞった。とうの昔に乾いた絵具は、フランシスの指になんの跡も残さない。
「どうしてこの絵を飾ろうと?」
「さあ。強いて言うなら、彼の表現する「愛」に、惚れたんだろうな」
「どういう意味かな」
アルフレッドは眼鏡の奥を僅かに光らせ、フランシスをひっそりと睨みつけた。
「アルフレッド、愛の寓意が何か知っているか」
「さあ」
「そうか、お前にはまだ早い問いだったかな」
フランシスは緩く笑みを浮かべて、再びキャンバスをなぞった。撫でられた薔薇の花は、やはり一片も表情を変えることなく、ただ冷たく佇んだままだった。
「フランシス、俺からもひとつ聞いていいかい」
「いいぜ、なんでもお兄さんに聞いてみなよ」
フランシスは両手を広げ、歓迎の意を示す。アルフレッドは両腕を組み、それじゃあ聞くけど、そう前置きして、今度はしっかりとフランシスを睨んで言った。
「どうしてこの少年を、金髪に変えてしまったんだい?」




4/24/2023, 4:55:37 AM