椎名千紗穂

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「酷いもんだ」
思わず、そんな言葉が零れる。その世界に蹲るもう一人の自分の姿は悲しんでいるような、怒っているような風に見えた。あるいはそのどちらでもあるのかもしれないし、またどちらでもないのかもしれない。
「覚者にでもなったつもりか」
声帯が錆び付いているかのような声が零れる。およそ言葉と言えるのかさえ怪しい音の羅列。耳を塞ぎたくなる衝動を堪え、己と向き合う。かつてはあった懐かしい記憶の数々。学校、ビル、アパート、橋、施設、塔……その全てが原型もないほどに朽ち果てている。
「分かってるだろ、俺が壊した。もう二度と、そんなものに縋らなくてもいいように。いらない、もう何もかも」
「そうだな……」
己の手のひらを開けて、見つめる。かつてはこの手が何もかも掴んできた。だというのに、この手のひらにはもう何も残っていなかった。
代わりに、ギュッとめいっぱいに握りしめる。それはもう、何もいらないという意思表示のようにも見えた。

4/20/2024, 3:36:55 PM