【誇らしさ】
どんな時も誇り高くありなさい、そう言い聞かされて育ってきた。たとえ命を落とすことになろうとも、お家の誇りだけは決して汚してはならないと。
「けどさぁ、誇りじゃ食べていけないだろ」
ごろつき崩れに混じって用心棒業なんてしていたことが両親に知られ、恥を知れと怒髪天を衝く罵倒とともに座敷牢へと放り込まれた君はふてぶてしく吐き捨てた。態度を改めるつもりなんてさらさらないと言わんばかりに畳に寝転がり、唇を尖らせている。
「まあね。でもあの人たちにその理屈は通用しないよ」
深くため息を吐き出せば、君の視線が僕を射抜く。闇夜に浮かぶ白刃よりも鋭利なその煌めきが、昔から少しだけ苦手だった。
「兄貴はいつまで、父さんたちの言いなりになってるつもりなわけ?」
君の瞳が映しているのが僕の手首だと気がつき、なるべく自然な動作で着物の袖を引いた。まともに食べ物も買えないせいで、すっかりと痩せ細ってしまった自分の腕。君が稼いできたお金は君が使うべきもので、いくら渡されたって自分のために使おうとは思えなかった。
「とにかく、父上には僕からとりなしておくから。今度はちゃんと、上手く隠れてやりなよ。なんなら家を出たって良いんだし」
言いおいて踵を返す。さて、どう騙くらかして君を座敷牢から出す許可をもらおうか。思考を巡らせる僕の耳朶を、君の怒声が震わせた。
「っ、おい! 父さんたちと心中でもする気かよ! 家を出るならあんたも一緒に……!」
振り返らずに歩を進めた。僕はこの家の嫡男だ。その責任は果たさないといけない。お家の全部を捨て去れるほど、僕は自由気ままには生きられない。
(誇りなんてクソッタレだって堂々と口にして、自分の力で生きていける君が、少しだけ羨ましいよ)
お家の歴史なんかより、君の存在のほうが僕にとってはよほど自慢だ。なんて口にしたら、君はたいそう立腹するのだろうけれど。
男のような口調で、荒くれ者の男たちの中に混ざって実力だけで力強く生きるたった一人の妹への誇らしさを胸に、僕は父上たちのもとへと向かった。
8/16/2023, 10:04:16 PM