知柳

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『こんな夢を見た』

家には、2匹の飼い猫がいる。子猫の時代に母猫から捨てられていたところを保護され、母が飼いたいと引き取ってきた猫達だ。名をクロエとモカといい、クロエは鉤爪のしっぽを持った黒猫だ。黒だし、私が好きな『クロエのレクイエム』というフリーホラーゲームのヒロインであるクロエから名前を失敬してクロエ。モカは、同じく鉤爪のしっぽを持った無地の茶色い毛色の猫だ。特にどこかから名前を失敬した訳でも無く、茶色いから単純にモカである。

そんな家の猫であるクロエが、家の2階の窓枠にいるのを目撃した途端「あ、こいつ逃げる」という確信を抱いた。果たしてその確信は正解で、クロエはピョンと窓から飛び降りて逃げ出そうとした。うちの猫達は好奇心が旺盛なのか、引き取られて以来一度も家から出さないようにしているせいなのか、度脱走を試みる。

私は慌ててしっぽやらクロエの毛ヤラを掴んで引っ張り上げたが、最中にモカが隣をすり抜けて飛び降りて逃げてしまい、こちらを振り返ることなくとっとこ裏手側へと走っていってしまった。

クロエをその場に投げ捨て、窓を全部閉めた私は心の中で窓を開け放していたであろう家族の誰かに文句を言いながら家を飛び出し、慣れた様子で家の隣の細道を駆け抜けた。どうせまた、物事の善悪も考えられぬ妹か弟のどちらかだろう。

今にして思えば、ここからもう異世界に迷い込んでいたのかもしれない。
家の隣の細道は、万年痩せすぎと申告される私でも横歩きにならないと通れない程狭く、時折給湯器などが出っ張っていたりして通行に苦労するのに、夢の中の私は既に様子を変えている家の隣の細道を、モカを探して全力疾走していた。その道は、人が余裕ですれ違えるほど広くなっていた。

家の隣の細道には、モカじゃない別の猫やら犬やらが時折通りすがり、私はモカじゃなくてこいつ連れて帰れないかなと多少捕まえる気でその犬猫を見つめながら、いやいや私の飼い猫はモカだと言い聞かせながら大通りに出た。

本来の家の裏手は、当たり前だが大通りなんかでは無い。何を作っているのか分からない工場で大通りへは続いていないし、家の裏庭とバルコニーがあるのみだ。しかし、夢の中では田んぼのあぜ道のような広い道に繋がっていたのだ。

更に驚くべきことに、細道とは比べ物にならない程の野良猫やら犬やら、パンダやらホワイトタイガーの子供やら、果てにはインド人が連れてるゾウなんかもいて、流石の夢の中の私も唖然としていた。これ皆、その気になれば捕まえてペットとして連れて帰っていいのかと思うと、俄然猫よりも犬やら小虎やらに目がいったが、私の目的は逃げ出したモカである。マしかし、母が飼いたいといつの間にやら引き取ってきただけであって私自身は犬派であったし、本来珍しい物好きであるので、モカ探しよりも犬やらペットにするには珍しい動物やらにばかり目がいくのはいたし方ないだろう。

時折通りすがった飼いたいと思った動物と触れ合いを試みながら、モカらしき猫を探すこと数分。段々とモカの顔や毛の色なんかが朧気になりながらも何とかそれらしき猫を見つけて、穏便に連れ帰ろうと触れ合いを試みたところに1人のタイトなスーツ姿の優しそうな女性が声を掛けてきた。その猫が気に入ったのかと。

話を聞くところによると、女性はこの大通りにいる動物達を販売している女性であり、この通りにいる動物たちは元々野良だったり、家のモカのように家から逃げ出して迷い込んだりしてきた動物たちらしい。そして、どういう経緯でここに来たとしても一度ここに来てしまったら自分達から買い戻すしか手はないということも話された。

目が覚めて冷静に考えればあまりにも理不尽なその話を、夢の中の私は納得して聞いていた。何なら、今の所持金である4000円じゃ絶対に無理だよなぁと頭を抱えながらモカだと思っていた猫を撫でていた。
ちなみに4000円は私がリアルで所持している金額である。どうやら給料日が近い訳でもないのに、もう既に全財産が4000円しか無いことを日々苦心しているうちに夢にまで反映されてしまったようだ。

その猫は、目が覚めてから思い返せば確実にモカではなかった。何せ、アメリカンショートヘアだったのだから。モカは茶色い毛並みが艶やかな雑種だ。間違っても、縞模様なんてついていない。
私がこの前、カップ焼きそばを創る際にうっかりモカの上に熱湯を零してしまい、1部毛が禿げかけており、そのアメリカンショートヘアにもモカと同じような場所に十円ハゲのようなものがあったが、確実にモカでは無い。

その女性にこちらの事情を話すと、なんと優しいことに一緒にこの裏通りを案内しながらモカを探してくれることになった。

もはや家の裏とはかすりもしない大通りは、少し歩いただけで田んぼ道から姿を変え、まるで都会の大通りのようにごちゃごちゃと看板が突き出たビルが立ち並んだ景色へと切り替わった。

道路には車やらバイクやらが行き交い、昼間の都会に相応しい賑やかな人の往来に目眩が起きかける。

大きなモニターからは「電気を崇めよ!電気をもっと消費せよ!」という呼び掛けが繰り返し流れ、道路を1列に走る色とりどりのヘルメットを被ったバイクの運転手たちは、心臓を捧げるポーズをしながら洗脳にでも落ちたように「電気をもっと消費せよ!電気をもっと消費せよ!」と叫んでいた。私はここに、少しのパレード味を感じた。パレードと言っても、某夢の国で行われるような感じのキラキラしい賑やかな感じのパレードでは無い。今敏さん監督のパプリカに出てくる、平沢進師匠のパレードの方だ。そんな狂気じみた何かを感じ取ってなお、私は不気味には思わなかった。

宇治野という大きい駅の前の道を突っ切り、アパレルアパートの中を、この服可愛いとか本来の目的を忘れながら通り過ぎたりして探したが、モカは見つからず。何なら、この世界のど真ん中を牛耳るように聳えている千と千尋の神隠しのような大きな銭湯に目を奪われ『自分家の裏にこんなにも素晴らしい所があったなんて』とまで考える始末であった。

ビルを出ると、もうすっかり日は沈んで真っ暗になっており、女性は勤務時間である22時になる前に私を元いた大通りまで案内してくれると言った。
その言葉に恐縮しながらついて行き、見覚えのあるような気がする建物の前で女性と別れたのが運の尽きだった。

見覚えがあるような大通りは、実際には見たことがあるような気がするだけで来たことなど無かった。
普段から見慣れた家の横の細道を求めて歩きさ迷ったが、むしろ全く見覚えのあるような無いような気がする場所に迷い込むばかりで、家に帰れそうな雰囲気は無かった。
焦燥感に駆られながら駆け足で進む度に、千と千尋の神隠しのような世界に迷い込んでしまう。やがて大きなコンテナが積まれた道に出た。

ほとほと困り果てていると、私の真隣のコンテナから超大型巨人のように大きな西洋顔の日本人形が「電気をもっと消費せよ!」と叫びながら、ポニョのお母さんのようににゅるっと現れ出た。私はその場に尻餅をつき、コンテナを透けながら通過していく日本人形を見つめた。随分とアンバランスな日本人形だった。ちゃんと着物に黒髪のおカッパなのに、顔だけがフランス人形じみているのだ。そりゃ怖いなんてもんじゃなかった。

いよいよ本格的に恐怖した私は、半ば半泣きになりながらコンテナの迷路を突き進んだ。
「電気をもっと消費せよ!」というおどけたような声に振り返ると、そこには全身が真っ黒で耳まで裂けるほどの大きな口しかないのっぺらぼうのような人型の、大きな両手鍋を頭(?)に被ったナニカがおちゃらけたように踊っている所だった。その後ろから、手足の生えた冷蔵庫やら、人の両足が生えた空き瓶やら、とにかく気持ち悪いガラクタの行列がこちらに向かって「電気をもっと崇めよ!電気をもっと消費せよ!」と軽快に叫びながらゾロゾロと大名行列をしているところだった。

上がりかかった悲鳴を何とか飲み込み走って逃げた先で、ちょび髭がワイルドなドーラ1家の次男みたいなおじさんに「風呂に入って身を清めぇ!」と何かの木でできた札を渡された。
その人が言うには、このドデカイ銭湯で毎日身を清めなければ先程見たような異形の化け物と成り果てて、あの行進に加わることになるんだそうな。

もう一度おじさんが札を差し出し「風呂に入って身を清めぇ!」と叫んだ所で吹き返すように目が覚めた。

上述もしたが、随分と平沢進師匠のパレード(というか、今敏さんのパプリカ)と千と千尋の神隠しが混ざったような夢だったなと思ったし、いつもなら目が覚めた時にはどんなに怖い夢を見ていても忘れている私が、数日経ってもはっきりとした細かい所まで覚えている不思議な夢だった。

1/23/2023, 2:51:23 PM