なんで、その場所は私だけだったのになんで。
私の生まれた村は窮屈な場所だった。女に生まれたなら女の役割を果たし、男に生まれたなら男としてなんてことを毎日毎日飽きずに語る村。そんな村で育っていくと当然、やりたい事も出来ないし好きな人と付き合うなんて以ての外で。
私の中には道具として見ない、私を私としてみてくれる誰かの「特別」になりたい。そんな欲が溜まっていた
-結婚は役割を果たすためだけの行為、散々頭に刷り込まれた言葉が反響するたびに欲が積もる。
それが爆発したのは高校卒業後、同時に一人暮らしと称し村から逃げ出した、誰かの特別になるために。
今は学校とバイトを両立しているがもちろん、一人暮らしなんて嘘だ。
村を飛び出してから出会った辛い環境で育った三人組で毎日バイト掛け持ち貯金ハード生活を送っている。
大変なことも多いがそれなりに楽しい
バイト休憩中、椅子に座りながら今日の夕飯当番を思い出して浸って居ると突如響く鈴の音、三回
そして同時にパッと色づく世界。階段を下る足音は言葉よりも雄弁に私の心を表すかのように響いた。
「いらっしゃいませ!ふふ、いつもありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になってます」
私の前で伏せ目がちに微笑むのは常連さん。
軽い雑談をしたりするちょっと仲のいい人…だと個人的に思ってる
彼と話していくうちに分かったのは親にあまり愛されて来なかったとかそのくらい。正気なところその話を聞いたときからチャンスだと思っていた。
汚いやり方ではあるけど、このまま彼に愛を注いで特別になろう、って。秘密だけどね
「そうだ、最近新しく入った品があるんですけどアンティーク調で好きかなと思って…」
「あ…しょ、紹介したい人がいるんです!!」
明らかに変わった声の温度、彼の纏う空気。表情
ドクン、ドクンと頭の奥が鳴り響く
「しょ、紹介したい人…ですか」
「はい、私の大切な人なんです」
「はじめまして!えっと…彼から話を聞いて会ってみたいな…って来ちゃいました…」
突然押しかけてすみません、って。
私を目の前に頭をペコペコ下げ挨拶する彼女、を見守る彼の目を見て私は息が詰まった。
恋とはこうも分かりやすくなるのか、
胴そのものを握り潰されたようだった。
突然押しかけてすみません、ね。本当に不快
一目で分かる。どうせ親から貰うべき愛を無償で貰って守られてきたんだろう、当たり前に愛を注いで当たり前に返ってくる、そんな生き方をしてきた人なんだ、と。
「わ、はじめまして!えっと…彼女さんですよね?」
「えっと……はい、」
ああ嫌だ、目の前で頬を染めて蚊の鳴くような声で返事をする彼女にもはや嫌気を覚える。けどそれ以上に
挨拶されただけなのに必死になって粗を探してる自分が嫌だ。
単純に傷付けたかったのかもしれない、妬む事で惨めになるからかもしれないが私はその子と仲良くしておこう、と黒く溢れそうな気持ちを必死に隠した
#溢れる気持ち
2/6/2024, 10:26:08 AM