ちりり、と蠟燭の炎が揺れる。彼女に合わせてキャンドルとでも言おうかと思ったが、どうせ胸の中だ、誰が気にするでもないと思いそのままにする。
今、この世界には私と言葉の通じぬ異国の少女しかいない。地球は、我らが愛すべき地球はどうしようもなくなってしまった。
何故人が消えたのか。生憎私は知識人ではないので語ることはできないのだが、ただ一つ事実を伝えるとしたら、朝起きたら妻が、娘が、隣人が、友人が、周りの人々が皆砂のようになっていただけだ。
長い間彷徨い続け、出会えたのは今蠟燭の小さな揺れる火の前で寝ている少女だけ。それも言葉が通じぬというのだから困ったものだ。
「Good evening. Is it still the same fucking world?」
グッドイブニングだけはわかるが、私は英語が堪能というわけではない。むしろ不得手なものだ。勉強をサボったツケが回ってきたとも言える。
「Nice scented candle, where did you scavenge it from?」
蝋燭が褒められている、というのはわかったが、それだけだ。私に言葉を返せるような能力は無く、日本の社会で三十年間培ってきた曖昧な笑みで濁すのだった。彼女は何か言いたそうにしていたが、どうせ伝わらないと知っているのだろう、どこか責めるような目でこちらを見るだけだった。その目になんだか気不味くなり、逃げ出そうと珈琲を淹れに席を立った。私と彼女の間の、一本のキャンドルだけが私達を照らしていた。
11/20/2023, 9:55:33 AM