部屋に散らばるクレヨン。壁に描かれた落書き。
すべての色を使って描かれたような、カラフルな動物達の絵。
赤い象、青いキリン、黄色いカバに、緑のライオン、紫のダチョウもいる。
すべての壁に横向きに描かれ、左に向かって行進しているみたいだ。
家具は何ひとつない。
これらの絵を描くために用意されたような部屋。
「ずいぶん大胆な絵だな。絵は上手いが、色使いが理解出来ん」
「この部屋の住人は生まれつきの色覚異常でしてね。これらの動物の本当の色を見たことがなかったんだと思います。なので、色は適当なのかもしれませんね」
「なるほど。その住人が今回の事件の加害者ってわけか」
二人の刑事が部屋の真ん中で話している。
今回の事件の容疑者は、色覚異常に加え、精神疾患もあるという。
この絵を見るからに、さもありなん、という感じだ。
二十歳の男性だというが、壁に何故こんな絵を…。
「被害者は、容疑者の恋人の女性ですね。精神疾患のある彼を、献身的に支えていたと言いますが…」
「殺害現場は、この部屋だな」
「ええ、実は、別れ話をするためにこの部屋にやってきていたそうです。介護に疲れたと、友達に話していたそうで」
その時、壁に描かれた動物達が、ゆっくりと動き出した…気がした。
二人の刑事は目を見張る。
左回りに、四方の壁を移動して、刑事達を取り囲む。
ゆっくりとした歩みが、次第に速度を上げていき、カラフルだった動物達が、混じり、別の存在へと姿を変えてゆく。
象とキリンとカバの三色が、悪意に満ちた黒となり、そこに他の色が混じることで、不穏な色合いが生まれ…。
「何すか、あれ」
部屋の片隅に巨大な影。
「…アザトースだ」
「えっ…?」
「クトゥルフ神話に登場する万物の王だよ」
「いったい何の話を…」
「そうか、そのために、これだけの動物達を…」
部屋が暗闇に包まれた。
だが、それ以上に暗い存在がすぐそこにいる。
「この部屋を出るぞ」
暗い存在が空を切って飛びかかると同時に、二人は部屋を飛び出した。
外には、何らいつもと変わりない、日常の風景が広がっていた。
「アザトース?何だそれ?」
彼は案の定、何も覚えていなかった。
彼がそんなものに詳しいはずがない。
事件は、精神疾患を持つ男の逮捕で幕を閉じた。
真相は…分からない。
人知を超えた何かが…笑い飛ばされるに決まってる。
だが、私はもう、あの部屋には近付かない。
動物園にすら、行くことに恐怖を感じている。
もしそこで、赤い象や青いキリン、黄色いカバを見てしまったら…。
5/1/2024, 5:33:03 PM