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【良いお年を】

ピロン、と。静まり返った部屋に場違いな音が一つ。
新年だというのに通知一つ知らせなかった携帯が突然大きな音とともに震えたものだから、驚いた拍子に膝を机に強かに打ちつけてしまった。鈍い痛みに、なんとも間抜けな声が出る。ああもう、年が明けて早々これだ。誰もいない室内でぶつけた膝を押さえながら背を丸めている自分がなんだか情けなくて、誰にも見られていないはずなのに羞恥心がこみ上げる。それもこれも、突然鳴り響いた通知音が悪い。どうせ新年の挨拶を送ってくるような友人なんていないからと高を括って音量を下げておかなかった自分は棚に上げて、青白い光を漏らす端末を睨みつける。一体どこの誰だ、こんな時間に。いやまあ世間一般では、年明けのこの瞬間だけはそれが許されるのかもしれないけどさ。
そんなことをぶつくさ心の中で呟きながら、机上に伏せられた携帯をぶっきらぼうに手に取った。手に取って、それから、画面に映った名前に呼吸が止まった。

『あけましておめでとう』

それはなんてことない、ありふれたメッセージだった。
けれど、その上に表示された名前は、ずっと恋焦がれた人のものだった。
大好きで、大切で、そして、もう一生涯会うことが叶わなくなったはずの想い人。
ひゅ、と喉から変な音が鳴る。どうして。どうして、だってもう、彼は。
眠気でぼんやりと霞んでいた思考が、凄まじい速さで巡り始める。けれど、結局足りない頭が導き出したのは、もうなんだっていいだろう、というなんとも浅ましいものだった。
なんだっていい。どうしてかなんてどうでもいい。
ただ、今、彼からメッセージが届いた。その事実だけでいい。
今はただそれだけを噛み締めて、喜んでいたい。

「良いお年を!また来年な!」

そんな言葉を最後にもう二度と会えなくなってしまった彼に、一緒に今年を迎える事が出来なかった彼に、一言だけでいい。何か伝えたくて、震える指を動かす。

『あけまして、おめでとう』

そこまで打ち込んで、そこから先はどうしても続けられなかった。今年もよろしく、なんて、言ったところで叶わないと分かってしまうから。だから、代わりに。

『良いお年を』

何事もなく過ぎ去っていくはずだった2025年が、彼が永遠に閉じ込められてしまったその一年が、どうか彼にとって良いものでありますように。
これが都合の良い夢でも、たとえ現実だったとしても、それぐらいは願っても許されるだろう。

とん。送信ボタンを叩いて、携帯をそっと胸に押し当てた。


12/31/2025, 4:47:11 PM