老人特有の臭いが鼻腔をつく。
枯れ枝のような節くれた腕を持ち上げて、何かに縋るように指先が痙攣している。
六畳間に置かれた介護ベッドの上で、祖父は残り少ない生命を細々と生きていた。
祖父の手を取る。
かさついた冷たい掌。僅かに握り締めるだけで折れてしまいそうな。
かつて僕の頭を撫でてくれた暖かな温度はそこにはなかった。
瞳を覗き込むと、祖父はがらんどうの目で僕を見ていた。
否、僕ではないどこかを見ていた。
僕が好きだった眼差しは、残酷な時の流れに連れ去られてしまった。
誰よりも優しく、時折厳しく、僕を愛し律してくれた祖父の目。
ほんの少し色素の薄い黒目が、隔世遺伝していると気づいたときの幸せ。
鼻の奥がツンとして、唇を噛んだ。
祖父の手を掛布団の中に仕舞って、また来るよ、と呟く。
沢山の事を忘れてしまった祖父に約束事など無意味かもしれないが、僕は、祖父を繋ぎ止めていたかった。
後ろ手でふすまを閉める、その隙間に、
―――。
微かに届いた声は、僕の名前だったような気がする。
2/17/2024, 1:12:11 AM