ねこいし

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『小さな命』

・鳳上征(ほうじょうまさし)
・鳳上薫(ほうじょうかおる)
・小柳想太(こやなぎそうた)
・小柳優(こやなぎゆう)

*気がついて下さった方がいらっしゃるかもしれませんが、僕の書くものは、偶に以前書いたものと少しだけお話が繋がっているものがあります。


「こんにちは征さん、薫さん! あれ、その子は……?」

十一月のもう下旬、そろそろ肌寒くなってきた頃、想太は部活帰りに自宅付近の公園で鳳上夫妻と出会った。
この二人はご近所さんで、想太も、十一歳差の弟の優も良くしてもらっている。特に優はよく可愛がってもらっているらしい。薫さんは子供ができない体質だそうで、それも小柳兄弟に優しくしてくれる理由になっているのだろう。
この二人が公園だなんて珍しいな、そう思い想太は話しかけたのだが、今日は鳳上夫妻以外にももう一人、見知らぬ子供が居た。

「ああ、小柳兄か」
「あらまあ、こんにちは想太くん。あと、おかえりなさい」
「あ、はい! こんにちは、帰りました!」

薫さんがうふふと笑い挨拶をしてくれる。想太もそれに元気よく応え、ぺこりと頭を下げた。
顔を上げた際に、想太が気にしていた子供とぱっちり目が合った。

「…………」

思わず息が止まる。
驚いた。
その子供──少年は陰湿な雰囲気を放っていて、目に光は宿っておらず、表情も恐ろしいまでの無であった。頭には包帯が丁寧に巻かれ、顔にはいくつものガーゼが貼られている。見ているこちらが息苦しくなるほどに、痛々しい姿をしていた。

そして少年は、まだ幼い……きっと優と同い年くらいだと考えられるが、非常に整った顔立ちをしている。それと同時に、どこかで見たことのある顔つきだった。それがどこだったか、いつ見たのかは思い出せない。この少年の美しさといえば、それは言葉では表せない程だった。人形のような顔、童話から出てきたような、なんてものじゃない。強いて言うなら、凄まじい、だろうか。

あまりにも長い間じっと見続けていたからか、少年は征さんの背中へと隠れてしまった。彼の服を掴む少年の手は激しく震えている。

「この子はつい先月うちに来たんだが……まあ、色々とワケがあってだな」

征さんは少し言いにくそうに言葉を濁し、薫さんも神妙な表情で頷いた。

「そう、なんですね……」

この子はどうしてこんなにも怯えているのか、大体は予想がついた。
こんなにも怪我を負っていて人に恐怖してしまうのだ。誰かから何かしらの、手酷い仕打ちを受けていたのだろう。鳳上夫妻に引き取られたのならば、その相手は親か。虐待を受けていたのかもしれない、それを一番に思いついた。
薫さんは少年と自宅に帰り、征さんは想太にあの子についてを少しだけ教えてくれた。

「親から虐待を受けていたらしくてな。その内容は酷いものだった。引き取った当初は私たちにも怯えていて、食事も取ろうとしなかったんだ。それでも最近ようやく食べるようになった。でもあの子は、一言も喋らない。あの子が何かものを喋っただけで、叱られていたのかもな」

想太は何も言うことが出来なかった。ただどうしようもない怒りが湧いて、涙が出そうになった。
その日は家に帰って、次の日学校に行ってからも少年の暗くて、奇麗な顔が頭から離れることは無かった。

* * *

「想太さん、大好き。付き合おうよ」
「あーごめんね。ちょっとドライヤーの音で聞こえなかった」

彼の軽口は本当は聞こえていたが、想太は誤魔化した。
美容師として働きだした想太には、既に顧客がいる。高校入学後に染めた校則違反であろう白髪、傷一つない滑らかな肌。初めて出会ったあの頃の彼とは、全くもって見違えった。変化していないところがあるとすれば、顔の美しさ。相変わらずの眉目秀麗だ。

ああそういえば、もう一つ変わったことがある。彼は異常な程に肉体的な愛を求めるようになった。先輩、後輩、同級生、知らない大人──彼は色んな相手に股を開いていると、優から聞いた事がある。彼は所謂、『ビッチ』というものになってしまったのだろう。

「嘘、絶対聞こえてるでしょ。付き合うのがだめなら、一回くらい抱いてよ」
「はいはい、これでも読んでなさいね」
「もう、はぐらかさないで!」

ぷりぷりと腹を立てているフリをしている彼の前に、想太はいくつかの雑誌を置く。
彼が尻軽だのと呼ばれるようになってしまったのも、幼少期の傷が原因なのだろうと想太は思っている。

「……うん? どうかした?」

想太が鏡を見ると、彼の表情が見えた。冷めきった目で、開かれた雑誌を見下ろしている。唇は固く結ばれ、若干震えているようだった。
彼はハッと我に返ったのか、鏡の中の想太を見て再び愛らしい笑顔を作る。

「ううん、なんでもないよ」

しかし彼はそれ以上その雑誌を読もうとはしない。
想太が不思議に思いその頁を覗き見ると、かなり前に一躍大人気となった俳優と女優の特集が載っていた。二人は結婚しており、一人息子も居るらしい。息子はモデルとして活動しており、その顔立ちは両親似で抜群に優れていた。

「そういえば、この俳優さんと君って、似てるよね。でもちょっと君の方が中性的な顔つきというか……それこそこの女優さんみたいに鼻筋すーってしてるよね」

想太はそう笑いかけ、ドライヤーのスイッチに親指をかける。すると彼はいきなり振り返り、ぼそりと言った。

「だからなんなの」

聞いたこともないくらい低い声で話した美少年に驚いて顔を見ると、いつかの小さかった彼が想太をじぃっと見つめて捉えて、決して離さなかった。

2/24/2024, 2:32:28 PM