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2023/06/07 【世界の終わりに君と】

彼女は、よく笑う人だった。そして、自分の気持ちに正直な人だ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。嬉しい時は思いっきり笑って、悲しい時は思いっきり泣いていた。病室の暗い雰囲気なんて、一瞬で吹き飛ばしてしまうような人だ。
「ねえ、、明日は何をしたい?」
彼女はそうやって、僕が帰る時間の直前にそうやって聞いてくる。僕はその質問を、いつも心待ちにしていた。まるで彼女も、僕と一緒にいることを望んでくれているようだったから。
-そんな彼女のことを、僕は好きにならずにはいられなかった。
どこまでもまっすぐな瞳。薄く紅い唇。影を落とすほどに長いまつ毛。太陽の元で光り輝く茶色い髪。その顔に浮かべる、どこか悲しそうな、優しい笑顔。
ずっと一緒にいられたらと、思っていた。
-そんな願いは、地球への隕石落下を伝えるニュースによって、突如として破壊された。

今日も彼はやってきた。病室に入った瞬間、いつもみたいに優しく、どこか悲しそうな笑みを浮かべて。でも、彼は何も聞かないで、私の話をたくさん聞いてくれる。
私が好き勝手言っても、彼は穏やかな顔をして寄り添ってくれる。だから、彼と一緒にいると、いつのまにか私も普通の人間になれたような気がした。
-そんな彼に、私は惹かれていった。
少し癖っ毛の黒い髪も、大きな丸渕メガネの御子から覗く優しい瞳も、見た目にはあまり似合わない低い声も。
彼といるだけで、安心できた。
「ねえ、明日は何をしたい?」
私はいつもこの質問を口にする。明日が来るかわからないけど、私の人生が終わるまで、ずっと一緒にいられたらと思っていたから。
-なのに、今日の朝の隕石落下のニュースによって、私の残りわずかな人生も、一瞬にして短くなった。

もうすぐ、世界が終わる。
数日前までは、テレビニュースで地下へ避難しる人や、落下地点付近の住民にインタビューする貴社の映像がよく見られたけれど、予告された当日である今日は、何もテレビも何も報道していなかった。

隣では、いつもと変わらぬ様子で、彼女が座っている。
彼女の様子は相変わらずで、いつもと同じような他愛もない話をしている。
「僕は、もっと、君と一緒にいたかった…」
いつのまにか自分の口から溢れた言葉は、自分のものではないのではと思うほど掠れてしまっていた。
そのとき、唐突に彼女はこんなことを言った。
「今日って暑いよね。今までにないくらい。」
「えっ?」何を言ってるんだ、彼女は。僕たちはもうすぐみんな死んじゃうのに。もっと言うことがあるだろうに。僕の意図を感じ取ったのか、彼女は口を開いた。
「だってさ-」
彼女は、その綺麗な瞳で僕を見つめていった。
「私は、言いたかったことは全部今までに言ってきたから。もう、悔いはないから。」
僕は今までのことを思い出して、手の甲に落ちてきた水滴が、自分の涙であることにすぐには気づかなかった。
彼女は、いつ死が来てもいいように、僕に言いたいことを、今まで言っていたんだ。
-そうか、君はもう覚悟ができていたんだな。
なんだか、君らしいや。
「でもね-」
彼女が唐突に口を開く。
「まだ言えていないことがあったんだ。」
次の瞬間、彼女は僕の手を握っていった。
「世界の終わりに君と一緒でよかった。」
彼女のその瞳から、大粒の涙がこぼれ出ていた。

「ねえ、明日は何をしたい?」
彼女は、驚いたような表情をした後、その大粒の涙で溢れる顔に満面の笑みを浮かべる。
今度は、僕から質問したかった。
-もっと君と一緒にいたい。

世界の終わりに君と、もう来るはずのない明日、また君と一緒にいられることを願って。

6/7/2023, 2:27:42 PM