紙ふうせん

Open App

『天国と地獄』

俺は悪夢にうなされていた。

殺されたのだ。友人に切羽詰まった様子で20万円貸してくれと言われたが、俺は本当はそのくらいの金はあったが「悪いな、俺もないんだ」と残念そうに言ったんだ。
するとあいつは突然、「ふざけるな!お前の給料日が今日だったのを俺は知ってるんだぞ!」と急に人が変わったみたいに怒鳴った。

何があったのかは知らないが、こんなふうにいきなり友達を怒鳴るような奴じゃないのに。金に困ると人は変わるというが、本当なんだな。

するとあいつはなんとズボンのポケットから折りたたみナイフを取り出したんだ。開くとかなりの大きさだった。

あいつの目が血走って「くそっ、どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって」とうわ言のように呟いた。

俺はさすがに恐怖を感じた。いつもはおとなし過ぎるくらいおとなしい奴なのに。
そういう奴ほど、怒ると怖いというが本当だ。
「ま、待てよ。そうだ、あったよ、あったんだ、金が。だからそれをやるからそんな物騒な物はしまってくれ」と俺は言ったが、もう奴の耳には届いてないようだった。
奴の目に力が入ったのがわかった。
俺は慌てて、今日会社の帰りに下ろした20万円をカバンから出して奴に渡そうとした。

鋭い痛みが走った、と思ったら、奴が金をつかみ「ざまあみろ」と言って笑っている。「やっぱり、持ってたのに、なんで貸してくれなかったんだ。お前が悪いんだからな、友達だと思っていたのに」と、奴が虫けらを見るような目で俺を見下ろしている。
何が起こったのか、瞬間わからなかったが、腹がひどく痛むので手を当てると手が真っ赤になっていた。

血だった。あいつに刺されたんだ。
「ちくしょう」と言いながら俺はケータイに手を伸ばそうとした。が、何故か力が入らず、取れない。
俺は死ぬのか?たかが20万円の為に。
すぐに渡せば良かったんだ。こんな事になるなら。
腹を抑えてる手の間からどんどん熱い血が流れでているのがわかる。
それと同時に体の力も抜けていく。もう痛みはなかった。かすむ目にあいつが笑っているのが見えたのが最期だった。

そこで、俺は目が覚めた。部屋は暗くてわからないが、腹に手を当てても濡れないし痛くない。

なんて恐ろしい夢だったんだ。額は汗びっしょりだ。
夢だった!俺は生きている!やった!!小躍りしたい気分だった。

その時、左手に何かを掴んでいるのに気づく。金だった。は?どういう事だ?!

起き上がろうとすると、体に力が入らなかった。それでもなんとか立ち上がると、俺は死ぬほど驚いた。

友人が腹を抑え、血を大量に流して死んでいる。

そうだ、思い出した!俺はどうしても金が足りなくて店の金を20万円、使い込んだのだった。今日中にレジに戻しておけば気づかれない。

友人という友人を訪ねて金を貸してくれと頼んだが、誰も貸してくれなかった。もう時間がない。俺は飲まず食わずで走り回っていたのだった。
そして、最後に浮かんだのが、今倒れている友人だった。たしか俺と給料日が同じだったはずだ。もう時間がない。俺はものすごく焦っていた。

今まで真面目に勤めていたのに、昔の悪い同級生が偶然店に買い物に来て、俺を見るとニヤニヤして、ちょっとつき合えよ、と言った。

店の店長や同僚も見ている。店長に頭を下げて、少し時間をもらう。
店の外に出ると急にそいつは「お前、この店で働いていたのか、いい事を知ったよ」と言った。嫌な予感がした。
「なあ、20万円貸してくれよ、いいだろ?断れば毎日来るぜ」と言われ、仕方なく俺はもらったばかりの給料を渡したのだった。

店に戻って店長に謝ってから普通に仕事しながら、これからひと月、どうやって暮らそうか考えていた。貯金なんてなかった。家賃が明日口座から落ちる予定だった。どうしよう、払えなければ住んでいられない。万事休すだった。

追い詰められた俺は、店長や同僚が先に上がり、俺ひとり残った店でどうしようか考えていた。だが、いくら考えてもどうにもならなかった。
そして、レジの金を20万円出して、店のATMから俺の口座に入金した。

これでとりあえず家賃は払えた。あとは今日中にレジに金を戻せばいいんだ。俺は友人に頼もうと、次のシフトの奴に、親が倒れたので悪いが今から仕事に来て欲しい、様子を見たら戻るから、と電話すると、そいつは気がいい奴で、それは大変だ、店は俺がすぐ行くからお前は病院にいく用意をしろ、と言ってくれた。
そいつが店に来るのを待って、俺は飛び出し、それからひたすら友人のところを回って頼んでいたのだった。

誰も相手にしなかった。腹は減るし喉は干上がったように乾いていたが、構ってられなかった。そして最後の頼みの綱にあいつの事を思い出したのだった。あいつはいい奴だから頼めば貸してくれそうな気がした。
俺はヘトヘトだったが、あいつのところを訪ねたのだ。

そして、あいつすら断ったんだ。それで俺はもう絶望的になって。

右手を見ると血まみれのナイフを掴んでいた。家から持っていったものだった。

ど、どうしよう。着ているTシャツは血まみれだった。
俺は殺した友人のタンスを開けて、入っていたそいつのTシャツに着替えた。

急いで店に戻らないと。すると、ドンドン!とドアを叩く音がする。
俺は飛び上がりそうになった。
「おーい、俺だよ、なんだよチャイムも鳴らなかったぜ。お前の所にあいつが来なかったか?20万円貸せって、えらい切羽詰まった顔してたぞ」
万事休すだった。これでなんとかなると思ったのに。
俺は疲れ果てていた。もう体が重くて立っているのがやっとだった。

最悪だ。悪夢を見て目が覚めて、良かったと喜んだのに。
もう、おしまいだ。なんて事だ。あいつさえ、あいつさえ店に来なければ。俺は地獄に落ちるんだろうな、とぼんやり考えていると、ガチャリ、と音がしてドアノブが開けられた。




5/28/2023, 3:37:23 AM