【泣かないよ】万年Cランク剣士、12回目の試験に挑む。
冒険者ギルドの昇格試験は、一定の期間で特定のダンジョンをソロ攻略、という至極わかりやすいものだ。ダンジョンの特定階層に自生している動植物の持ち帰り。今回実施された試験はBランクのもの、第三十階層にいるコカトリスの卵と、マンドラゴラがターゲットだった。
ベテランと呼ばれる年齢に達して丸三年。Bランクの試験は三ヶ月に一回。年に四回のチャンスがある。つまり、もう十二回の試験に落ちていた。
「今度こそ大丈夫だって!」
と、先にランクの上がった仲間達が励ましてくれる。長いこと一緒にやってきた仲間達だ。年長の自分にも隔たりが少なく、足を引っ張りたくないと必死になってきた。自分と、もう一人がBランクに上がれば、晴れてBランクパーティと名乗れるのだ。
「俺も参加するし、大丈夫だって!」
同じパーティ、同じ剣士の気の置けない友人。年齢こそ五つは離れているのだが、切磋琢磨する仲間である。単純に剣術の意味で言えば、彼よりはまだベテランの顔をできる腕があるらしい。今回こそ合格しなければ、
ダンジョンには入り口がたくさんあるので、同じパーティの場合はバラバラに入らなければならない。これはソロ攻略なのに同じパーティのメンバーと組んでしまうことを避けるためだ。ダンジョン内で偶然出会った場合はともかく、それ以外での合流は認められていない。
ベテランの剣士も、一人で下層へ。乾季の今、地上では空気が乾いているが、少し潜ればあっという間にじっとりとした湿気に見舞われる。浅い場所でなら難なく通り抜けられる。現れるモンスターを薙ぎ倒しながら、軽い足取りで石畳の廊下を駆け抜けた。二十階層あたりで傷を負って引き返す他の挑戦者を見送った。苔むした壁に身を預けて、苦しい呼吸で出入り口に戻る巻物に呪文を唱える姿もある。その中に若手の彼がいないことを確認してしまう。彼も、近くの階層を踏破している頃だろうか。中には合流して同行している挑戦者達もいたが、普段のパーティとの勝手の違いにイライラしているのか、立ち塞がる大きな熊に似たモンスターを前に、怒号が飛んでいた。
二十八階層。前回もここで足止めを喰らった。古代文明と言われる装飾の混ざる階層だが、何か隠れたものでもあるのか、非常に罠が多い。スイッチになるものを避けて、避けて、ひたすら避けているのにどうしても罠が作動する。
「おーい!」
と、呼ばれて思わず体勢を崩す。と、運悪く毒の霧が噴き出す場所に顔を突っ込んで石まった。あ、終わった。これで終了だ。今回受からなかったら引退しようと思ってたんだよなぁ、と走馬灯のように思いが駆け巡る。呼吸が苦しい。なんとういう毒だったかも思い出せない。急速に意識が遠くなっていく。
「あーごめんごめん」
近付いてきたのは、奇妙なシルエットだった。魔術師でも、治癒師でもない。しかし鎧などは身につけていない。
「随分強い、そして局所的な呪いに見舞われているね」
ふふ、とおかしそうに笑いながら、その人物が自分の口元に手を翳してきた。緑色の濁った色の石が、手のひら側についた指輪をしている。ふと、呼吸が軽くなった。
「凄いよ、この地でだけ、非常に強力な不運をうける呪いを受けている。何か人から恨まれるような覚えは?」
どんどん体が軽くなって、飛び起きた。毒はすっかり取り除かれて、十分動けそうだ。
「お、覚えなんかねえよ」
もしかしたら同業者に何かされたかもしれないが、それなら同じチームの魔術師が気付きそうなものだ。
「そうですか。いえ、随分拗れた呪いなので、これは見つけるのも一苦労だと思いますよ」
何を言われているのかわからず、その怪しげな人物を改めて眺める。珍しい装飾をつけたローブを着ていた。装備品から行って、魔術師か治癒師だろうとは思うのだが、魔術師の装備する魔法石も、治癒師の持つ清められた金属のアクセサリーもつけていない。代わりに、羽根や骨で作られた妙な飾りをいくつもつけていた。ローブの下の顔は、おそらく相当美しいと言えそうだった。おそらく、というのは、目元を何かの布で覆い隠しているからだ。包帯などではない、装飾の施された薄い布だ。しかし目元の様子は一切わからない。
「その呪い、一緒にいる間無効にできるよ」
「何?」
その人物は自分の冒険者証明書を見せてきた。同じCランク。職業には「祭司」とあった。
「三十階層のコカトリスの卵、自信がないんだ。手伝ってくれるならやすくしておくよ?」
まさかそんなと思いながら、同行に同意した。しかしそれで驚くべき状況に遭遇することになる。ちゃんと罠が避ければ避けられるのだ。次々発動するどころか一つも発動しない。祭司が踏みそうになる罠さえどうにかできれば、モンスターの近付かないこの階層は余裕で通過できた。なんなら、三十階層までのモンスターは余裕を持って斬り倒せたのだ。
「……さっき呪いとか言ってたな」
と、ベテラン剣士が尋ねると、ふむ、と唇に指を当てた。
「そうだね、言ったね」
「それはどんなんだ」
呪いにはいくつか種類がある。身につけるもの、呪文を書き込むもの、オーソドックスなものはこの辺りだ。ダンジョンや魔物の体内から取得したものを身につけるリスクの一つであり、一般的な魔術の素養があれば普通の人にも作り出せる。他に、命に焼き込むもの、耳に吹き込むものがあるが、これは魔族と呼ばれる人種だけが使える。しかしどれにも覚えがない。
「……恋人がいるか、いたでしょ?」
頷く。同じパーティにいたが、もう別れてしまったし、その女性はこのギルドのある街で別の仕事をしている。今でも慕ってくれているのか、仕事あがりや試験の後は必ず顔を出してくれた。
「うん、わかるよ。まぁ、そこから先は有料だね」
そう言って、祭司はしゃがんだ。よく見るとその足元に人の顔に似た根っこが見える。
「さて、始めようか。合格したいだろう?」
晴れて、合格。長いCランク期間を経て、ついにベテラン剣士は名実共にベテランとなった。
「お、おかえり……受かったの?」
と、くだんの彼女、元々同じパーティの弓師だった女性が近付いてくる。祭司は少し離れた場所でベテラン剣士を眺めていた。
「おう、やっとな」
「……そう」
もじ、と彼女は目を逸らした。
ベテラン剣士はそれを見て、首から下げていた、赤い石のはまったネックレスを彼女の手に渡す。
「ごめんな、気付けなくて」
「……バレちゃったの」
「俺が合格できなくてランクがあがらないように、それだけを起こす呪いをかけたんだろ。だから仕事は順調だし、他のことはそれなりにうまくいく。で……その、あれか、諦めてここに落ち着いて、結婚してくれたらなってやつか、これは」
あちゃー、と祭司が肩を竦めている。
「……そうよ、ごめんね」
と、元弓師は俯く。パーティの面々も目を丸くしていた。
さて、どうしたもんか、とベテラン剣士は周りを見回した。ずっと自分の合格を信じてくれた仲間達。若手の彼も合格し、これで本当にBランクパーティだ。けれど、そこまでして自分を引き留めたがっている想いも知ってしまった。
随分、愛されている。まるで自分に不釣り合いなくらい。
「とりあえず合格祝い、じゃないの?」
と、祭司から声がかかった。そうだ。どういう結論を出すにしろ、やっと、合格したのだから。
今ここで情けない姿を見せるわけにはいかないのだ。
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3/18/2026, 7:38:50 AM