月に一度便りを出すと約束した。
どれほど登ってきただろうか、依然として塔の頂上は見えない。壁の書架から本を一冊手に取る。目の覚めるような真紅の装丁、この世のものではないほどに白い頁。浮き出た文字を指でなぞる。
『富のない都市、兵士のいない要塞、花のない草原、葉のない木──』
頁のない本を想像する。空のコンテクスト、読むことのできない行間。印刷されることのなかった──あるいは書かれることのなかった原稿。
塔の上層へ進むにつれ、壁の本の内容は詳らかになっていくようだった。密とした語法、冗長な語彙。かつて下層にあった散文の真空はここには見つけられない。
"全ての"情報を伝えるには言語の進化が必要だった。筆者の心音、潜在意識までもが"私のいるこの現在"では伝えられる。
胸元から紙と万年筆を取り出す。これは塔の一階で待つ男から託されたものだ。インクはいつまで持つだろうか? それまでに最果てにたどり着けるだろうか?
『私は今、P621階層目まで来た。まだ先は見えない。食糧は尽きた。でも、どうやら平気なんだ。ここでは読むことと食事をすることは同じらしい。君にこの手紙が届く頃には、私は身体すら必要としなくなっているだろう』
紙片を翅を広げた蝶の形に千切る。歪な対称の魂、それが相応しい。
吹き抜けから下層部へ便りを落とした。深い霧に呑まれる、そのまま消えてしまえばいい。
2/19/2025, 7:55:05 AM