すゞめ

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 うるさい夏のせいにして、騒がしい心の声をごまかした。

 夏の実家の冷凍庫は、宝箱みたいにキラキラしている。
 アイスクリーム、チョコレート、ゼリー、チキンナゲット、コロッケ、チーズが中に入ったハンバーグ。
 俺の好きなものがいっぱいつまっていた。
 だから冷凍庫の奥に、捨てられない気持ちを果肉の入ったストロベリーアイスクリームと一緒に隠し込む。

 それでもどうしても、はにかんだキラキラの笑顔が忘れられなくて、隠していた気持ちをスプーンで掬ってみた。
 ストロベリーの果肉のようにキラキラと輝いたあと、すぐにドロドロと音もなく溢れていく。
 掬っては食み、掬っては食み、ストロベリーの酸味が口の中に広がった。
 甘い部分はどこかに溢れて溶けたのか。

 心の中はずっと酸っぱいままだった。

   *

 風呂上がり、冷凍庫で冷やしていたカップアイスを取り出す。
 蓋を剥がせばミントの香りが広がった。
 真ん中からスプーンで掬えば、パリパリとチョコレートの割れる感触が伝わってくる。

「これもある意味、水色かあ……」

 洗濯物を畳み終えた彼女が、俺の隣にちょこんと座ってきた。

「なんです? 藪から棒に」
「水色にハマってるってさっき言った」

 水色……。
 彼女に言われてカップアイスに目を向けた。
 チョコレートの比率は多いものの、確かに色味は水色には違いない。

「……これはたまたま。3個で200円という破格の値段で売ってたので」
「!?」

 ワゴンセールで掘り出し物を漁るのが好きな彼女だ。
 案の定、彼女は目をキラキラと輝かせる。

「それは買っちゃうかもしれない……っ!」
「そうでしょう?」

 俺もつい調子に乗り、カップアイスを食べ進めながら夕飯時に濁された彼女の言葉の真意を求めてみた。

「でも、それでいうなら、さっきの……『そういうところ』ってなんですか?」
「え? あー……あれか」

 きょとんと目を丸くさせたあと、彼女はジイっと俺の目を見つめた。

「いくら変な格好したって、少し喋ればすぐにいい男だってわかるもん。好きになっちゃうのはわかるよなあって思っただけ」

 ……え。

 スプーンを傾けてしまったせいでぼろっとアイスクリームが溢れ、カップの中に落ちていった。

「あなたが乙女心を理解していると……っ!?」
「おい。待て。どういう了見で言ってんだよ?」

 ギロリと睨みつけかくるが、どうもこうもない。

「いつもクソ鈍いじゃないですか」
「失礼だな。さすがに今回のはわかりますぅ」
「なんでですか」
「いや、だからさ。好き、以外にある?」
「は?」
「私も好きだもん。だから、わかるの」

 好き……。
 今、彼女、俺のこと、好きって、言った?

「ちょ、ま……っ!? タンマ。一旦、待ってください」

 彼女からの告白なんて多ければ多いほうがいいに決まっている。
 決まっているが、こんな流れるようにあっさりと吐露されることは滅多にないから心の準備が全然できていなかった。

「言わせた本人がなに照れてんの?」

 今のは言わせてない! 断じてっ!

 俺の手からスプーンを抜き取る際、触れた彼女の温もりにビクリと反応してしまう。
 クスっと息を漏らしながら、彼女は溢れたアイスクリームを掬い直した。
 スプーンに乗せられたアイスクリームが蠱惑的に輝いて見える。
 からかいを含めたその笑みは艶めいていて、微かな熱を孕んでいた。

 俺、タンマって言ったよな!?

 こんなバカップルよろしく「あーん♡」なんてイベントまでやってきて、バクバクと心臓が暴れ始める。
 左手を添えながら、少し溶けたアイスクリームを乗せたスプーンが口元に差し出された。
 食えと言わんばかりにツンとスプーンで急かす。

 あぁぁぁっ。
 クソッ……!

 抵抗なんてできるわけもなく、おとなしく口を開けた。
 満足そうに笑みを深くした彼女はゆっくりとスプーンを口の中に運ぶ。
 スプーンが歯に当たってカチャリと小さく金属音を立てた。

 ごくり。

 爽やかなミントと甘ったるいチョコレートを嚥下したあと、彼女はカップの上にスプーンを置いた。

「じゃ、お大事に」

 赤みも痛みもとっくに引いた頬を撫でて彼女はソファから立ち上がる。
 カップアイスをテーブルに置き、リビングを出ようとする彼女の右手をそっと掴んで引き寄せた。

「……っとに」
「なに?」

 そのままソファに押し倒し、ほんのりと色づいた頬を撫でる。
 唇はきれいに弧を描き、挑発的に細められた瑠璃色の瞳はやはり熱を孕んだままだ。

「人をこんなふうに焚きつけておいて、眠れると思ってます?」
「それは……」

 上半身を起こした彼女は、俺の頬に軽く口づける。

 ……は?

「どうぞ、お手柔らかに?」

 ほうけている俺の隙をついてひらりとソファから抜け出して、彼女はリビングから出ていった。

 マジか……。

 パタリと、静かに閉められた寝室のドアを見つめる。
 唇でなかったのは残念だが、あの奥ゆかしくて恥ずかしがり屋の彼女からキスまでいただいてしまった。

「顔、あっつ……」

 このあとどうしてくれようかと悶々としながら、俺は急いで溶けかけたアイスクリームを片づけた。


『こぼれたアイスクリーム』

8/12/2025, 6:46:57 AM