小説
千ゲン
「ん?」
机の上に見覚えのない貝殻が置いてあった。少し大振りなそれはいつもの実験室には存在しない代物だった。
「子供たちが置いてったのかな…?」
ふと持ち上げてみると僅かに重みがあった。
「バイヤー…中身まだ入ってる感じ…?」
中身とご対面しなければならないのかと身構えていると、実験室の主の一人である千空ちゃんが重そうな実験用具を抱え、息を切らしながら入ってきた。
「あ゛ー大樹に運ばせりゃ良かった…」
「お疲れ様。ねぇ千空ちゃん、これ多分子供たちが持ってきたやつなんだけど、まだ中身が入ってそうな重みがあるんだよね…」
「あ゛?あー…そりゃ俺がテメーにやるために作ったもんだ」
「え?」
千空ちゃんが俺に?
「開けてみろ」
促されるまま俺は貝殻を開く。
「……ハンドクリーム?」
半透明なそれは現代でもよく使っていた無香料のものにそっくりだった。千空ちゃんの顔を見ると、満足そうにハンドクリームの完成過程を話し始める。俺はそれに相槌を打ちながら、心の中は沢山の嬉しさと少しの寂しさでいっぱいだった。
俺のために作ってくれた。他にもしなきゃいけない事があるはずなのに…。本当に優しい千空ちゃん。
でもね千空ちゃん、これ以上やさしくしないで。いつか離れなきゃいけないこと、忘れちゃいそうだよ。
「ありがとう…千空ちゃん」
話し終えた千空ちゃんにお礼を言うと、彼はなんて事ないように笑った。
「他にも欲しいものがあるなら言えよ。ドイヒー作業の報酬だ」
「ん…?まさかこれ先払い報酬ってこと?!」
「正解百億万点やるよ」
「ドイヒー!」
さっさと外に出ていった千空ちゃんの背を追って、俺はハンドクリームの入った貝殻を大切に抱え直し外へ向かった。
2/4/2025, 10:49:30 AM