「…桜が散る姿が良いんだと。」
「…なにそれ、誰の話?」
「俺らの話だよ。
うちの担任が国語の授業でそう言ってた。
欧米の人は満開な桜みたく華やかで豪華な様を好み、日本人は移り変わりゆく情緒を好む。日本特有の『詫び寂びの文化』だってよ。」
芝生に寝転びながら空を見上げる。つい先週まで咲きほこっていた校舎の桜は、いつの間にそのボリュームを落として風に乗せられ散っている。
僕たちはただその景色を見ながら、途切れそうな意識を浅く繋ぎ止めて会話を続ける。
「へぇ。でも外人も『桜の散る風景は美しい』とか言うじゃん。
ついこの前までいた留学生だってそんなこと言ってた気がするよ、『日本の桜が散る姿を見ていたかった。』って。」
「――ふぅん、最近聞くシナリオタイプってやつだな。外人だって皆が皆…豪華なものを好むとは限らない。」
「なあに、ちょっと健人が大人っぽくなってるじゃん。――僕を置いてかないでよね。」
雲がふよふよと視界の端から端まで流れていく。
この風は、桜も雲も乗せて一体どこまで連れて行こうとしているのだろうか。
「…―――そんなことねぇよ。お前だって似たようなこと言ってたろ。
おれは…‥まだ…―」
彼の呼吸の音がかすかに聞こえる。見た目に反していつもその寝息は小さい。
「あれ寝ちゃった?…まあ良いか。昼休みが終わったら起こそう。
…僕も、しばらくは、おやすみ―――」
桜が散る。春の暖かな風に乗せられて。
風はそれまでの記憶と緊張を、すっとどこかへ連れて隠していくように、僕たちに柔らかい眠気をもたらした。
この思い出もいつか記憶の底に沈むのだろう。
桜が散るように。
暖かな風に乗せられるように、穏やかに。
4/17/2023, 10:48:13 AM