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『物憂げな空』 2024.2.25.Sun

※BL二次創作 『A3!』より 卯木千景×茅ヶ崎至










 今日は珍しいこともあるものだ。

 視界の端に捉えた同室の後輩を見て、そう思った。
 今日は休日、しかもまだ陽も高い。普段の茅ヶ崎なら高確率で布団の中にいる時間だ。仮に起きていたとしても、部屋から出ずにゲームでもやっていることだろう。
 そんな彼が、今日は既に着替えを済ませ、バルコニーでコーヒーを啜っているのだ。天変地異の前触れだろうか。
 一度通り過ぎたときにはそう思った。

 しばらくしても茅ヶ崎はまだそこにいるようで、じわじわと談話室で話題になる。

「至さん起きててオレすっげーびっくりしたー!」
「それそれ~! めっちゃ珍しくね?」
「明日雨でも降るんじゃねーの」
「あはは、起きてるだけでこの言われよう……」
「だけってこともねーっしょ。着替えまでしてたぞあの人」
「どの道だわ」

 九門と一成、そして万里と綴が話している。散々な言われようだ。まあ、妥当な評価か。

「珍しく朝もすっと起きてたよ」
「明日雪でも降るんじゃねー?」

 かか、と万里が笑う。一成と九門は茅ヶ崎の様子を見に行ったようだ。よほど気になるらしい。

「なにかあるんすかね」
「さあ、俺は特に聞いてないけど」
「まあ気まぐれとかじゃねーの。あの人たまにそういうことあるだろ」
「そうかな」
「そうかあ?」
「そうだろ」

 さすが、死線を共に乗り越えてきただけのことはあるのか、万里がなにか確信めいたことを言う。
 死線と言ってもゲームの話だが。


   ◆◆◆

 
 閑話休題。
 九門と一成は茅ヶ崎の盗撮を、『激写!イケメンリーマンの華麗なる休日!』などと題してグループLIMEに送っている。コーヒーを啜る姿や、読んでいる本のページをめくるシーンなど、色々なショットが送られてきた。なにがそんなに楽しいのか、談話室に戻ってきてからも大変な盛り上がりようだ。
 
 ――すっかりおもちゃだな。
 俺は謎を解明するべく、渦中の人物の元へと向かった。



「随分集中してるな」
「……は、え? あ、先輩」

 向かいに座っても気付かない。これは夏組二人が盗撮してても気付かないわけだ。熱心に何を見ているのかと、ちらりと手元に目線を向けるが、ブックカバーのせいでどんな本かは読み取れない。

「今日は随分早起きだったね」
「言うほど早くはなくなかったです?」
「茅ヶ崎比」
「当社比、みたいに俺を使わないでください」

 茅ヶ崎は、俺に向いていた目線を手元に戻す。再び文字を追うために、瞳が小さく上下に動く。

「なんで部屋で読まないの? 普段はお前の城のソファーで寝転びながら読んでるだろ」
「そういう気分だっただけですよ」

 なんともクールな返しだ。
 普段なら『俺がだらしないみたいに言わないでください』とか、『ソファーじゃなくてチェアで読んでるときだってありますー』とか、冗談めかして憎まれ口を返してくるところだろう。
 ふむ。何となく見えてきた。

「気分て、どんな?」
「そうですね……空が」
「空?」
「物憂げな空だったから、少し湿った風に当たるのもいいかと思ったんです」

 何を言っているんだこいつは。
 何となく、が、確信に変わっていく。

「茅ヶ崎」
「はい」
「今日は待ちに待ったラノベの新刊発売日。通販予約はばっちり午前指定。いち早く読み始めて今日の夕方にはネタバレ感想板を見に行こう」
「は」

 今日の一連の流れを予想する。コーヒーを持ってきたの、カフェインを入れて、目を覚ました状態、頭のスッキリした状態で読みたい、とかかな。
 
「主人公はクール無口系の人物かな。モノローグが多い分言い回しがポエミーになるのが厨二心をくすぐるって感じ?」
「あ、えと」
「お前は本当に、すぐに影響されるな」
「あの」
「なに?」
「……、…………俺別にまだ『はいそうです』って、言ってないですけど」

 すごく、ものすごく不本意そうに顔を歪めている。俺の口角はしっかりと上を向いていることだろう。
 手に持った本で口元を隠しながら、じと、と俺の方を睨んでいる。全くもって怖くない。
 俺は微笑みながら、相手の方へ手の平を向ける。
 
「なら、答え合わせをどうぞ」
「………………ぐぬぬ」
「ふ、それが答えだな」
「読心術使うのやめてくださいよ」
「使うまでもないだろ。経験と予測だよ」
「クッ、あたかも読心術使えるみたいに言わないでくださいとかいろいろ言いたいことあるけどそのセリフめっちゃ強キャラっぽくて悔しいけどかっこいい」
「はは、オタク早口」

 証明終了。
 この様子なら概ね合っているということだろう。万里のあの様子も、大方「またか」とでも思っていたに違いない。きっと、俺がカンパニーに来る前からずっと、新作ゲームのラスボスだの、漫画の新刊の主人公だの、新作アニメのヒロインだの、そういうのに影響されて何かしらやっていたんじゃないだろうか。
 やっぱりあいつは謎解きのいい相棒だな。

「お前めちゃくちゃ盗撮されてたよ」
「盗撮!?」
「ちなみに今も」
「今も!?」

 俺は潜んでいるつもりの一成と九門に向かってひらりと手を振ってやる。綺麗な笑顔のおまけ付き。小さな声で「うわっ、ちかちょん気付いてる!」「わー! もしかして最初から!?」なんて声が聞こえてきて微笑ましい。

「見事にパパラッチされてたね」
「パパラッチて」
「ほら」

 先程送られてきたグループLIMEを見せてやる。あのあとチラホラと『明日は雨だな』『最悪』『珍しいですね!』『休日に着替えて外出るだけで雨ってw』なんて、思い思いの感想がついていた。

「あーーー……」
「ははは」

 バツの悪そうな顔を笑う。
 物憂げな空、なんて評されるほど、今日はどんよりと曇っていて、気分爽快、なんて感じではなかったけど。今日もカンパニーは平和だ、と思えば、それすらも悪くないような気がしてくるから不思議だ。
 こちらのテーブルに合流した一成と九門に、この作品がいかに素晴らしいかを熱弁しだした茅ヶ崎を、俺は頬杖をつきながらゆるく見守ったのだった。


   ◆◆◆


 その日の夜。
 一成から『ちかちょん隙アリ☆』の一文と共に個人LIMEが送られてきた。そのあとには一枚の写真。
 見れば、画角は斜めになってしまっているが、頬杖をついた俺の写真が画面に映し出されている。

(……気付かなかったな)

 一成の撮影技術は一体どうなっているのだろうか。手にずっとスマホを握りしめていたのは気付いていたが、よくあの状態でこの写真が撮れたものだ。
 そして、撮られていた、ということもそうなのだが、それ以上に、そこに写る自分の表情に驚く。

(これは……結構恥ずかしいな)

 全体ではなく個人で送ってきたあたり、一成はやはり空気が読めるというか、人間をよく見ているというか……。
 なんと返したものか、と考えるが、こんなものは悩んでも仕方がない。俺はチャット欄に文字を打つ。

『お見事。俺たちだけの秘密にしておいて』

 なんとも優しげな眼差しをした自分の表情を見直す。ここにいるとなんだかいろいろと緩んでしまうようになったのはいつからだろうか。


 だが、そんな自分も悪くはないかな、と思える。
 それが今、とても嬉しかった。

2/25/2024, 4:55:01 PM