sairo

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白のワンピースに、淡いピンクのニット。
鏡の前でくるり、と一回りして、笑顔を作ってみせる。

「――やっぱり変、かな」

笑顔を作ったはずだった。けれど鏡の向こう側の私は、今にも泣いてしまいそうだ。
まるで今の空模様みたいだと、窓の外を見る。重苦しい雲から今にも大粒の雨が降ってきそうで、小さく息を吐いた。
相変わらずだ。少し前の私なら、またかと落ち込んで閉じこもっていただろう。それ以前に、こんな服を着て外に出ようなどとは考えもしなかったはずだ。
苦笑しつつ、ポーチに付けたストラップに触れる。ちりめんの、可愛らしいてるてる坊主。ちりん、と金の鈴が、涼やかな音を立てた。

「どうかな?可愛いって言ってもらえると思う?」

君の制作者さんに。
期待と不安を滲ませて、てるてる坊主に問いかける。答えはないけれど、軽やかな鈴の音が大丈夫だと伝えてくれているみたいに思えて。
ありがとう、と呟いて、てるてる坊主の頭を指先で一撫でした。





空は、昨日から変わらずの曇り。
忙しない人の波をすり抜けて、約束した場所まで急ぐ。
約束の時間までまだ余裕はあるけれど、彼の性格を考えるとゆっくりはしていられない。もしかしたら既に来ているのかもしれないという予感に、自然と足が速くなる。
急いでいるだけが原因ではない、心臓の高鳴りに笑みが浮かぶ。早く逢いたいという気持ちが、さらに足を速めさせる。
初めてだ。こんなにも心が弾むのは。誰かとの待ち合わせがとても嬉しいものだなんて、今まで知る事はなかった。
視界の先、待ち合わせの場所に見慣れた姿を認め、駆け出した。大きな背を丸めて、落ち着きなく辺りを見渡している彼の姿に、笑みが浮かぶ。
学校の外でも、彼は変わらないらしい。それに安心して、手を振り彼を呼んだ。

「日和《ひより》くんっ!」

呼ばれて、彼がこちらを向く。柔らかな表情は、けれども私の姿を見て、驚いたように固まってしまった。

「ごめんね。待った?」
「い、いえ。俺も、今来た所でっ」

何かに焦っているのか、彼は私を見ようとしない。
やはり変だっただろうか。自分の姿を見下ろして、僅かに眉が下がる。
友人達が、私のために選んでくれた服。
雨を呼びやすい私が、卒業旅行を楽しめるようにと彼が作ってくれたてるてる坊主。そのお礼がしたいと友人達に相談して、それならば、と彼とお出かけが出来る様にいろいろと動いてくれた。
この服もそうだ。私に一番似合うらしい服を選んでくれた。
彼に似合っていると褒めてもらうために。彼へのお礼のつもりのお出かけから大分離れている気もするけれど、皆はそれでいいのだと言っていた。それに背を押されて、彼の作ったてるてる坊主に勇気をもらって、着てみたのだけれど。

「あの、その。な、なんていうか、えっと…に、似合って、ます」
「――え?」

密かに落ち込んで俯けば、彼が慌てたように声をかける。
意外な言葉に、顔を上げて目を瞬く。赤い顔をした彼が意味もなく両手を動かしながら、声を上げた。

「すごく、可愛い、です。あ、いえ。先輩は元々可愛らしいですけれど。今日の服、凄く似合ってて、いつも以上に、可愛いし、それから」
「も、もういいから!少し、落ち着こう!?」

堰を切ったように早口で話す彼を、必死に止める。
顔が熱い。このまま聞いていれば、きっと恥ずかしさで逃げ出していたはずだ。

「あ、すみません!煩かった、ですよね」
「そうじゃなくて…えと、煩い、じゃなくて。なんていうか…恥ずかしくて…」

止められた事で落ち込む彼に、違うのだと伝え。耳まで真っ赤になった彼を見て、益々顔が熱くなった。
このままでは、駄目だ。きっと、いつまでもここから移動する事が出来ない。
そっとポーチにつけたてるてる坊主に触れる。ちりん、と微かな音に勇気をもらい、彼の手に触れた。

「せ、先輩っ!?」
「そろそろ行こう?このてるてる坊主のお礼をさせてよ」
「え。お礼なんてっ。俺が、好きで作っただけで。あ、その、気にしなくても」

しどろもどろになりながらも、彼は手を離そうとはしなかった。それに少しだけ希望を持って、歩き出す。

「どこ行きたい?」
「いえ、俺は、その。先輩が」

彼の慌てた声を聞きながら、彼の手を引く。私よりもよっぽど大きな手を、出来るだけ意識しないようにしながら、人混みを避けて歩いて行く。
ふと、空を見上げた。分厚い雲の合間から光が漏れ出てきて、その美しさに思わず立ち止まる。

「ああ、光芒ですね。正しくは薄明光線って言うらしいですけれど。いろいろな呼び名があるんですよ。天使の梯子とか、天使の階段とか…ある作家は、光でできたパイプオルガンって表現しています」
「どれも素敵な名前。日和くんって物知りだね」
「いえ。そんな事ないです」

否定する彼に、笑う。
もっと自信を持ってもいいのに。そう思って、それは私も一緒だと気づいて、不謹慎ではあるけれど嬉しくなった。
彼と同じものが一つでもあるだけで、こんなにも嬉しい。友人達が言っていた〝恋〟の言葉が、甘く胸を締め付ける。

「天笠《あまかさ》先輩」

彼に呼ばれ、視線を向ける。
てるてる坊主をもらったあの放課後の、二人で虹を見ていた時と同じような穏やかな微笑みに、鼓動が跳ねた。

「先輩が行きたい所でいいですよ。俺、先輩と見る景色が、とても好きですから」

たとえそれが、土砂降りの雨であっても。
そう言って笑う彼がとても輝いて見えて、その眩しさから逃げ出すように空を見上げた。
心臓が落ち着かない。胸が苦しくて仕方がないのに、それが嫌なものでない事が、さらに落ち着かなくさせる。

「わ、たしも…日和くんと一緒なら、どこでもいい、かな。日和くんと一緒だと、綺麗な光景が見れるから」

虹も。光芒も。
彼と見る景色は、初めて見た時のように輝いている。彼の言ったように、きっと雨でも輝いて見えるのだろう。

「と、取りあえず。カフェにでも入りますか?」
「そう、だね。テラス席があれば、そこがいいな」

彼の提案に答えて、視線を下ろす。横目で覗う彼の表情は、変わらず穏やかで優しくて。
当分は彼を真っ直ぐに見られそうもない。

「じゃ、じゃあ、行きましょうか」

頷いて歩き出す。手は繋いだまま。
彼の顔が見れなくて、俯き加減でいた視界に、繋いだ手が写ってしまった。
大きな手。彼の手と、私の手が一緒に。
はっきりと意識して、鼓動が煩いくらいに騒ぎ出す。

ああ、彼が好きなんだと。
初めての恋に、心が高らかに歌い出したような気がした。



20250321 『君と見た景色』

3/21/2025, 2:08:14 PM