心に悲しい傷を負った人の瞳は、不思議なほど澄んでいる。君がそうだ。アイスグレー色のそれはまるで小さな水晶玉のように、人の苦悩をしずやかに
浄化していく力があるんじゃないかと時々思う。
君の瞳は太陽の光に耐えられないから、いつもサングラスの奥にある。はじめて見たのは大学から駅までの帰り道、薄い月明かりの下で、僕は心を奪われた。ぱっと映える美人というわけでない。むしろ
いつも表情は暗くて、息を潜め、深海生物のように生きている君だった。
バイトが終わり、君とは夜に会う。君は閉館時間まで大学の図書館にいるから、僕はそれを迎えにいく。ぽつりぽつりと冷たい雨みたいな会話を重ねて、僕たちは同じ帰路をたどる。
もともと口数の少ない君だが、その日は特段に雰囲気が暗かった。サングラスを外してあらわになった瞳が微かに滲んでいる。
「愛するってどういうことだろう。」
突然そう呟いて、また沈黙を紡ぐ。
君の口からふいに飛び出た「愛」という言葉に、
僕は息が止まりそうになった。
「心に負った傷口が重なりあうことだ。多分。
1度でも深く傷ついた経験があるなら……人を愛することができるんじゃないか。」
うまく言葉にできなくて、再び押し寄せる沈黙に僕はうつむきかける。一世一代の告白をしてしまった気分だ。
でも、君は僕を見ていた。アイスグレーの瞳を丸くして、哀しげな光を揺らめかせている。
その不思議なほど澄んだ瞳に、僕はそっと手を伸ばした。
7/30/2023, 10:57:12 PM