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上手くいかなくたっていい

 夜の街に雨が降っている。電話ボックスの窓を水滴が絶え間なく伝っている。僕は震える手で受話器を握りしめている。
「もしもし……俺だけど」
 こんな時間にどうしたのよ、と君が言う。話すのは久々だから、こんな状況でもつい頬が緩んでしまう。
「やっと見つけたんだよ。あいつ……」
 だから何? どうするつもりなの? と君が言う。きっと心配そうに怒った顔をしている。
「上手くいかなくたっていい。それをやることに意味があるんだ。君のためじゃない。これは俺が、」
 お願い待って、と君が言う前に僕は受話器から手を離して外に出た。ポケットにしまったナイフの感触を指でなぞって。今から、僕は、君を弔うために。
 ——外されたままの受話器からは、雨の音が聞こえる。

8/9/2023, 3:49:32 PM