【静寂に包まれた部屋】
大吾はベッドに体を投げ出し、ぼうっと天井を見るともなく眺めていた。
何の音もしない。匂いも、温度も、体に触れている感覚がすら何も感じない。
静寂に包まれた部屋にあるのは「無」のみだった。
眠らなければと目を閉じるとあの時の光景が何度も蘇り、その度に大吾は歯をぎり、と噛み締める。
約束したじゃねえか。それなのに。
生まれ変わったら、だなんて言うな。
お前が、お前が言ったんだろう。
「俺はずっと、大吾さんのそばに居ます」
そう言って口元を綻ばせた峯はもう居ない。
飛び降りてしまった。俺の目の前で。
消えてしまったのだ。
極道に「永遠」なんて求めてはいけないことは分かりきっていたはずだ。誰がいつどこで死んでもおかしくない世界だ。それでも、峯の言葉に大吾は救われていた。
呼吸が浅くなり始めているのを感じる。
体が形をとどめていられない感覚に陥る。泥のように溶け出して液状化するような、そんな感覚。薄暗くなる視界、目を開けているのもつらくなって重力に逆らわず目を閉じる。
もう、いいか。
俺もそっちにいっても。
なんて、らしくない言葉が脳裏に浮かんだ時だった。
「大吾さん」
ハッと目を見開いた。
一気に酸素が肺に入り込み、大吾は荒く息をする。
一瞬聞こえたその声が、鼓膜から血管に伝わり血液と細胞を通して全身にいきわたったように感じた。
愛してやまない声だ。いつも微かな冷たさを抱えていたその声は、自分を呼ぶ時は慈愛が込められているようだと大吾は思っていた。
自意識過剰かもしれなかったが、それが嬉しかった。
ベッドから起き上がり、クローゼットを開ける。
そこには峯が置いていったシャツが一枚残っていた。
退院した頃には峯に関係するものは全て処分され尽くされた後だった。
ここにあるシャツ一枚だけが、組織の手から逃れられた唯一の峯の遺品だ。
ハンガーにかかっているそれを手に取る。シワひとつないそのシャツを、大吾は大事に抱えた。襟元に顔を埋めると、まだ微かに峯の匂いが残っていた。それを思いきり吸い込んで、シワが出来てしまったシャツに頬を擦り寄せる。
「ごめんな、峯。俺、お前の分まで生きるから。絶対死なねえから」
だから、見ててくれ。
俺がそっちに逝くまで。
9/30/2023, 7:31:30 AM