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夜明け前

激しく窓を叩く雨と家を揺らす風で眠れず、思い切って夜の浜に出て来た。
荒れ狂っていると思っていた海は、意外に穏やかだった。
温かい潮風は一瞬で髪をボサボサにした。子供の頃、法事で久しぶりに会った伯父に頭を撫でられた感触を思い出す。

空は月も出てないのにほんのり青く明るい。
家を出た時は止んでいた雨がまたパラパラと降り出した。大粒だ。私は持っていた傘を広げた。
強風と横殴りの雨の中、夜の砂浜に一人いることの心細さに少し慣れて、周りを見回してみる。
水平線の辺りがほんの少し明るい。

その時、ぶーんと音が聞こえてきた。
エアコンの室外機みたいな音。
風が一瞬冷たく変わり、海の上に何かが、とても大きな何かが立っているのが見えた。
竜巻だ。竜巻がこちらへ向かって来る。
…まさかね。

それは海の水を巻き上げながら、ゆっくりと移動している。ぐるぐる回る透明な渦。目を凝らして見ると、渦の中に海藻や木片らしきものが見えた。貝殻や小魚なんかもいたかもしれない。
キラキラ光りながらうねりながら、空へ向かってどこまでも伸びていく水の柱。

不思議と怖さは全くなかった。それどころか無性に楽しい気分になり、私は傘を放り投げ手を広げ、綺麗とかカッコイイとか、夢中で叫んでいた。
叫び疲れると目を閉じて、あとはただ包まれるのを待った。両手を高く挙げたまま。

そうだよね。家の中にいるから怖かったんだ。思い切って外に出ればよかったんだ。雨に濡れるのなんて全然平気。そんなの何も怖くない。何もなければ風は危なくないんだし。波浪警報、身の安全を第一に、これまでに経験したことのないような云々。難しいことは何一つない。今、ここにいるだけ。

急に視界が明るくなるのを感じて私は目を開けた。夜明けだ。
竜巻は、行ってしまった。
小さな葉っぱや砂を含んだ弱い風が、私の体をぐるっと囲んだ。
そしてもう何もなくなっていた。

散らかった浜辺を朝日が容赦なく照らし始めるのを横目に見ながら、私は急いで帰ってシャワーを浴びた。
体に残った竜巻の気配が消えないうちに、それと共に深い眠りに落ちた。





9/14/2023, 5:58:24 AM