るな

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 この探偵事務所には大きなくまのぬいぐるみがある。幼児が抱えたら手一杯になりそうな大きさのそれは、所長である要とは文字通り幼児の頃からの仲だそうだ。名前はミルク、幼い要は薄いベージュの体毛からミルクティーを想像したらしい。
 ミルクはいつも彼の寝室の定位置に腰かけている。その姿は、助手である睦己が来る前からの住人として、堂々たる風格だった。
「要さんって、そういうの好きなのに、増やさないんですね」
 友人の毛繕いをする姿を眺めながら、口をついて出たのは純粋な疑問だった。
 睦己が来たばかりの頃は、ぬいぐるみを後生大事にしているなんて子供っぽいと思われるという理由で隠されていたのだが、今ではリビングで丁寧に毛並みを整えられている。ばれてしまったのならこそこそしても仕方がないと開き直りは早かった。睦己も可愛らしいと思いはしたが、嘲るようなことは一切ない。
 ただ、わざわざ睦己がいる時に目の前でする必要はないだろう、という不満がないわけではないが。
「そういうの、はやめなさい」
「すみません。ぬいぐるみとかマスコットの類、という意味です」
 素直に謝れば、よろしいとでも言うように小さく頷く。そして、当然のことを言わせるなとばかりに回答が返された。
「ほかの子を迎え入れたら、嫉妬してしまうだろう」
 睦己はその気持ちがそれはもう痛いほどわかってしまったので、後日うさぎのぬいぐるみを連れ帰った。一番気に入るものを選んだつもりだ。
「せっかく君の質問に答えたのに、僕の回答は不要だったということか?」
 と言われもしたが、かわいい助手からの贈り物を無下にすることはできなかったようで、結局仲良く並べられている。本当は喜んでいることも知っている。
 睦己は、どうかもうほかの子を迎え入れることはありませんように、と願うばかりだった。

7/24/2025, 8:14:21 AM