せつか

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「降ってきましたね」
そう言って傘を差し出すと、相手は綺麗な瞳を数度瞬かせた。
「男二人では少し狭いですが、どうぞ」
「あ·····、ああ」
言葉の意味を理解するのに若干のタイムラグがあったらしく、それがなんだかおかしくてクスリと笑う。
彼は少しバツが悪そうに唇を尖らせると、
「用意がいいんだな」
と呟いた。
「天気予報で言ってましたよ。〝五時以降に帰宅する方は傘をお忘れなく〟って」
「そうだったか? 覚えてないな」
傘の中で聞く彼の声は、いつもよりよく響く。
雨の日に傘の中で聞く声が、人間の声の中で一番綺麗に聞こえるらしい。共鳴がどうの、という理由だったが彼の声は普段から綺麗だと私は思う。
「相合傘なんて初めてだよ」
私を見上げる、少しはにかんだ美しい眼差し。
鼓動が跳ねる。彼が私を見上げるたび、背が伸びたことを嬉しく思う。
「私もです」
「嘘だ。一人くらい傘を差してあげた子がいただろう?」
「それはこっちの台詞ですよ。昨日も経理の子に話しかけられてたでしょう?」
「ただの世間話だよ」
「それでも嬉しいんですよ。現に私がそうだから」
「君がそういう事を言うなんて、ちょっと意外だな」
彫りの深い横顔が僅かに戸惑っている。
雨は徐々に激しくなる。傘からはみ出した互いの肩はもうびしょ濡れだ。信号が赤になった。横断歩道で止まったのは私達だけ。
「ちょっといいシチュエーションですよね」
「なにが」
「雨の夜、傘の中で告白なんて」
「――」
少し屈んで、耳元で囁く。私の声も彼の耳に美しく響けばいい。この日が来るのをずっと願っていた。

「好きです」

信号が青になっても、私達は歩き出せずにいた。


END


「相合傘」

6/19/2024, 3:20:24 PM