雷羅

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 穏やかな陽の光。手入れのされた観葉植物。甘い化粧品の香り。優しく頭を撫でるエイミーの手。時折意地悪にキスをしてくれるエイミーの唇。包み込むように抱きしめるエイミーの体温。
 それらが、マールの世界の全てだ。
 昼過ぎにぼんやりと起きるマールにエイミーは「おはよう」と微笑む。起きてすぐはいつも動きの鈍いマールに怒りもせず、エイミーは手ずから食事を与え、それが終わると顔を洗わせ歯を磨かせた。うさぎの耳の生えた柔らかでふわふわの髪に櫛を通し、最後に「今日もかわいいわね、マール」と抱きしめてくれる。
 マールはとにかく生きるのが下手な生き物だった。
 鈍臭く、話すことが苦手で、なにをしても失敗ばかり。そんなマールに呆れるばかりか、関わる少女は必ず怒って去ってしまう。
 いっそこの耳の通り、うさぎであればかわいいだけでいられたのに。ふわふわとかわいいだけの、なにもしなくていい存在でいられたのに。
 そのマールの悲しみを、叶えてくれたのがエイミーだ。
 エイミーはマールに怒らない。どれだけ服を破いても、どれだけ食器を割っても、どれだけ何も出来なくても。なんでもしてあげると優しく囁いて、甘やかすだけ。
 エイミーの膝枕で昼寝をして、とろとろと甘やかされているのが好きだ。きっと彼女なしでは生きていけないし、永遠に二人きりでいられたらいいのにと思う。
 悲しいことは嫌。苦しいことは嫌。怒られることは嫌。エイミーがいなくなってしまうのは嫌。
 マールには嫌なことがいっぱいで、それは部屋の外には常にあるものだ。
 だから、マールは食事時が大嫌いだった。

「マール、そろそろご飯を探してくるわ。いい子に待っていられる?」
「うん……」

 二人きりで閉じこもっても、食事はどうにかする必要がある。だからその時間になるとエイミーは部屋から出ていってしまう。
 暮らしている館を探せば食事は見つかるから困ることはないが、探しに行く必要はどうしてもあるのだ。そして部屋から出るということは。館に住む他の少女とエイミーが出会うということになる。
 エイミーはかわいくて、美人で、優しくて、品がある。
 そんな彼女が他の少女と話したら、きっと少女はエイミーを好きになってしまうだろう。そうしたらエイミーだって、こんななにもできないマールよりその少女の方が気に入るに違いないのだ。
 恐ろしかった。エイミーがマールから離れるのが。
 恐ろしかった。エイミーがマールから奪われるのが。
 毎日のように送り出す、その背中に手を伸ばしたくてやめる。エイミーをこれ以上困らせたくない。
 でもなにかしたい。マールの平穏のために。マールがエイミーを引き止めるために。
 胸が苦しい。なんの取り柄もないマールには引き止めるための材料もない。ただ愛玩動物として飼われることしかできない。材料がないからエイミーに近づく少女をいなくならせるしかない。でもそんな度胸もないし、バレてエイミーに嫌われるのも嫌だ。
 そうしてその日も、苦しみながら膝を抱えてエイミーが戻ってくるのを待っているはずだった。

「……あれ…………?」

 ふと、床に落とした手に違和感があった。
 ベッドに置いたクッションの下。
 手を入れて引き出してみると、ずるり、と。
 大振りの包丁が、姿を現した。




※世界観設定……少女展爛会より

11/2/2023, 9:14:12 AM