それは、小学校の卒業を間近に控えた、冬の終わりのことだった。
「俺、引っ越すことになったんだ」
好きな人からそう言われたのは、私にとって世界に大きな隕石が落ちるのと同じくらい強烈な衝撃だった。
彼の父は所謂「転勤族」というもので、日本各地を転々とする生活を送っていた。この辺に引っ越してきたのも1年前くらいだ。1年も住むのはかなり珍しいようで、普段は3ヶ月〜半年で引っ越してしまうようだ。と、後から母から聞いた。
薄々そうなるのではないかと、幼いながらに大人の事情を感じ取ってはいた。しかし、いざ実際に言われてみると、小学生の私は受け入れることができず、やだ、やだと言いながら泣くことしか出来なかった。困り切った彼が、「君はスマホを持ってないし、よかったら文通しない?」と彼の新しい住所が書かれた紙を私にくれた。すぐに引っ越してしまうから、友人たちと連絡を取れるようにと彼の両親は彼にスマホを与えていたが、私は両親の方向性により高校生になるまでお預けだった。そんな私に気を遣って提案してくれた、メッセージアプリの便利さを知ってしまえばわざわざやろうとは思わない文通。そういう優しいところが好きだったのだ。彼の提案に私はこくりと頷いた。
しばらく文通は続いたが、度重なる彼の引っ越しで住所が分からなくなり、いつしか文通も途絶えた。
それから数年。私は歓声に沸くステージへと足を進める。いまや知らない人はあんまりいない、国民的人気アイドル。それが私だ。
高校からの帰り道に、アイドルにならないかと声をかけられた。彼のことがずっと心に残っていた私は、恐る恐るその世界へと足を踏み入れたのだ。私が有名になれば、居場所がわからない彼も、私を見つけてくれる。そんな僅かな期待を込めて。
ライブステージから、会場を見渡す。彼のために始めたアイドル業も、今や生き甲斐だ。
「今日は、みんなに聞いて欲しい曲があるの」
ざわりと湧き立つファンに、笑みが深まる。
「新曲、聞いてください。『あなたに届けたい』」
伝えられなかった、忘れられない不変のこの想い。
1/31/2024, 6:41:01 AM