「歩いていた。暗い道。耳の穴にイヤホンをぶち込んで、走り出した。息の音。いつも通り、聞いてる音だ。焦るな、焦るな、音楽が鳴った。プレイリストからランダムに流れる仕様は非常にありがたい。今はこれじゃない。をたまに流すことがあるが、そのときは決まって音楽を聴く必要性がたいして無いときだ。つまりこいつは分かっているのだ。必要なときにしか必要な音楽を流さない。こいつは分かっている。現にいま、僕に必要な音楽を流してくれている。星野源の『地獄でなぜ悪い』がぼくの脳内を回り出した。気分が上がる。酸素のかわりに、吸って、回して。息が荒い。運動してない、罰だ。吸って、回して。街灯が、少なく、なってきた。吸って、回して。周りは、田んぼだけだ。吸って、回し…見えた。いた。ほんとに、いた。呼び出しをくらったのはついさっきだ。5分ほど前のLINE、『逃げてきた、近くにいるから来て』を見て、僕は外にでた。急いだ割に、イヤホンとスマホはわざわざ持ってきている。場所は分かっていた。吸って、回して。目があって右手をあげて、声を出そうとした瞬間、僕は、崩れた。あれ、視界が、地面に、近い、酸素、酸素、脳みその中の星野源はまだ歌っている『「どこまでも」が いつの間にか 音を立てて 崩れるさま』
彼女は、僕のところによってきて、僕のイヤホンをむしり取って言った。「別れようか」
そうしてイヤホンをまた僕の耳に刺した。
星野源は歌っている。『嘘で出来た世界が 目の前を染めて広がる』
なんでだよ。
『ただ地獄を進むものが 悲しい記憶に勝つ』
ここがおれの地獄だ。
『作り物だ世界は 目の前を染めて広がる』
悪かったのは俺のほうだ、なんて言うのは僕の終わりだ。
『動けない場所から君を 同じ地獄で待つ』
立ち上がろうとした意識を、腕の筋肉と酸素が拒否する。僕はこの地獄を吸って、吐いて。
『同じ地獄で待つ』
10/12/2025, 5:08:49 PM