香草

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「好きだよ」

拝啓 突然のお便りをお許しください。
私が貴方と別れてから10年が経ちました。
今考えるとなぜそんな些細なことで、愛する貴方の元を離れてしまったのか後悔の念で胸が押しつぶされそうです。
当時、貴方はきっと少なからずショックを受けたことでしょう。
あの時の私たちはお互いにお互いを必要としていて、なくてはならない存在でした。
私は貴方の胸に抱かれ夢を見ることが唯一の癒しであり幸福でした。
貴方が見せてくれる夢は甘美で優しく、時には胸が揺さぶられるような激しさもありました。
それなのに、世間の視線を気にして勝手に貴方の元を去ってしまったのです。

あの時、学校という世界は私にとって全てでした。
明るく未来を目指す空間。それでいて一歩踏み外すと、どこまでも落ちてしまう奈落の底が口を広げています。一度落ちてしまうと這い上がるのは難しく、上を見上げると安定した地位を築き上げた人間が、憐憫と嘲笑を浮かべてこちらを見ている。
人間関係というかんじがらめの紐の上を必死に綱渡りしていく中で、どうにか安定したところに身を置きたいという思いが強くなりました。
紐を結ぶのがどうも苦手だった私は、とにかくいろんなことに手を出しました。流行りのアニメ、漫画、ゲーム。それでも貴方のことは片時も忘れたことはありませんでした。貴方のことをそれほどまでに愛していたのです。
しかしいつだったか、こんなことを耳にしたのです。
「ポエマーってイタいよね」
そしてそれに同調する少なくない声。
もちろん、今なら一部の意見だったと分かります。しかしたった数十人の世界で一部の意見が固まると、それは大きなインパクトを伴ってマジョリティに感じられてしまうのです。
そして私はたった一部の意見と紐を繋ぐため、泣く泣く貴方の元を去った。
これが真実です。

貴方と離れてから夢を見ることは難しくなったし、それを表現する術も失われていきました。
今さら許してほしいとは思っていません。
貴方との縁を結び直したいとも毛頭考えていません。
ただ、貴方の思い出を感じられるこの場所で、少しでも愛を伝え直していきたいのです。
私は詩が好きです。小説が好きです。
物語を作るのが好きです。

いつか甘美な夢を私が貴方に見せられる日まで頑張るつもりです。
どうか、それまでお元気で。

敬具

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言葉へのラブレター

4/5/2025, 2:17:21 PM