テリー

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♪おおきなくりのきのしたで あなたとわたし なかよくあそびましょう…
「イヤ!!もうたっくんとはあそばない!
くぅちゃんの方がせがたかいもん!あしもはやいの!
じゃなきゃイヤなの!だからもうあそばない!もうたっくんってよばない!あっちいって!!」

努力が実を結ぶなんて嘘だ。僕は幼稚園でそれを身を持って体感した。
チビだと揶揄われ、かけっこだとビリ。カッコいいと言って欲しくて、父と一緒に走る練習もした。毎日好きでも無い牛乳も飲んだ。子どもなりに努力したつもりだった。でも。
「うわ、デカ」
「自販機よりデケェじゃん」
ヒソヒソと僕に向けられる陰口が、ホームに滑り込む電車と共に掻き消える。
成長期と共に僕の身長は190センチまで到達した。クラスの男子たちには「自分が小さく見えるから」と避けられ、女子たちには「圧迫感がある」と避けられる。
おまけに学校規定の机は高さが低すぎて、万年猫背で姿勢が悪い。そのせいで視力も悪いし目付きも悪い。いいことなんて無い。
電車に乗り込み、リュックを抱え込んで隅に立つ。ドア付近だと邪魔になるからなるべく連結部分近くで縮こまる。
発車してしばらく、そのドア付近で男女が言い合いをし始めた。恐る恐るその方を見れば、片方は見覚えのある顔だった。
(くぅちゃんだ)
サラリーマンが苦言を呈していたのは、僕の近所に住む同級生の中川来未だ。幼稚園から中学まで一緒だったが、高校は別の学校へ進学した。
「は?なんなん。先にぶつかったのそっちじゃん。てか謝ったのにウザいんだけど」
「だから、その態度は何だって言ってんだ」
車内の空気がピリつく。僕は咄嗟に彼女たちに近づいた。
「あ、あの」
「ああ?……うおっ?!」
デカ、とサラリーマンが尻込む。僕は彼と彼女の間に割り込むように立ちはだかった。声がうわずり心臓がバクバクと破裂しそうだった。
「あ、えっと…こ、声、大きいんじゃないかな…って…」
電車の音で掻き消えそうになりながらも、僕は精一杯伝える。もう理由なんて何だって良かった。この騒ぎが収まれば。
サラリーマンの方も、図体の割に気弱な発言に気が萎えたのか「お、おう…」と気まずそうにして、それ以上は彼女に食ってかからなかった。
小さく会釈して彼女の方に向けば、彼女は僕を見上げるように睨んだ。
「…だる」
「ご、ごめん…」
そう謝ると同時に電車が大きく揺れた。慌てて手摺りに捕まるも、吊り革が顔面に直撃する。
その様子を見て、彼女が小さく吹き出す。
「え?嘘、それで顔打つ人初めて見たんやけど」
昔と違う髪色、髪型、化粧、爪には綺麗にマニキュアが塗られている。だけど笑顔は昔のままだった。
「は、はは…。あ、あのさ、く……中川さん」
「え。どしたん急に。タニンギョーギじゃん。……たっくん」
挑発気味にそう呼ぶ彼女に、僕は困惑する。嫌われてるものだとばかり思っていたから。
「あ、はは…く、くぅちゃ…」
「キモ」
「えっ」

いつも背比べしていたあの日。いつも見下ろされてた僕。
いつの間にか逆転して、離れ離れになっていた僕たち。
“ふたり”と呼ぶには少し頼りない。そんな関係。そんな君と僕。

≪あなたとわたし≫

11/8/2024, 4:23:23 AM