夙に君がよく口にする台詞があった、と思い出す。
陽が落ちかければこの世界中の赤色は、その鮮やかさを空に返すかの如く彩度を失っていく。
軈て濃色の夜は赤、青、緑……様々な色の輪郭をまるで無かったかの様に、全ての色をなだらかにする。
まだぼんやり曖昧な境界線を視認できるのは夜に煌々と輝く星や人工的な街の灯りの仕業だろう。
──扨。
何故嘗ての記憶が蘇ったのか、という話に戻る。
言葉の持ち主は、学生時分美術室に籠りイーゼルへ向かい自己との対話をする君。
僕はオイルの独特なツンとした匂いを厭いつつも君の姿を追って…なんらかの理由を嘯いて滞在するのだった。
「ねえ、言葉から色のイメージを連想した事はある?」
筆を止める事無く君は不意に投げ掛けた。
僕は特段“美”という物に興味などなく情けないかな少し口篭ったのを今でも憶えている。
「林檎は赤、空は青……といった具合かい?」
どうやら精一杯に働かせた言語中枢から生まれた答えは君の問に対して素っ頓狂だったらしく“安直だ”なんて笑われた事も思い出す。
「例えば“嬉しい”や“悲しい”って目に見えない感情や言葉を色でイメージをした事があるかって話。」
「ああ、成程。それならば嬉しいは桃色。悲しいは青色で考えるかもしれない。」
返答を聞くなり漸く君は硬毛の筆を止めた。
「じゃあ“嘘”ってなに色だと思う?」
「……嘘、か。」
暫く考えるも答えは中々出なかった。
「私はね“嘘”は赤色だと思っているの。」
「それはまたなんで?」
「ほら、“真っ赤な嘘”なんて言葉があるじゃない。」
耳を傾けていればまた再び硬毛がキャンバス地を無理矢理滑らされ摩耗する音がしていた事に気付く。
確かに“真っ赤な嘘”は学のない自分にも聞き覚えのある言葉だった。だが、なんとなく“赤”が“嘘”に結び付かないと思ったのも事実。
「でも僕は違う気がする。生き物の血液は赤いだろう?……生きている事まで、嘘のような感じがして。」
「そう。…私達の身体中には真っ赤な血液が行き渡って生きている。それは真実なのに“嘘”を宛てがわれた赤。──私はその皮肉っぽさが好き。」
「……なかなか僕には難しい話だ。」
君はいつもの君だったし、この思考回路も君らしい物だったのに何故か胸の奥深くを突き刺すような出来事だったのだ。
夕陽を喰らい世界中の赤色を摂取する夜、そんな夕方と夜の交わる所はどこなのだろうか。あの日の君と僕は十字路を全く逆方向に踵を返してしまったのだろうか。
夜明けにまた鮮やかさを取り戻し、太陽を浴びる赤い林檎の実をぼんやりと見遣りながら今日という変わらない日常にまた再び、この記憶を忘れるのだった。
『未知の交差点』
10/12/2025, 9:33:50 AM