わをん

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『紅茶の香り』

奥さまがメイドを伴って焼き菓子をカゴいっぱいに持ってきたのを旦那さまもこどもたちも目を輝かせて歓迎した。
「わしの手腕を見せる時が来たようだな」
言って旦那さま立ち上がり、手際良く茶の準備を始める。その光景を見た全員が驚きの声をあげる様子に気を良くした旦那さまは私に向かってウインクをし、私は頷いてそれに応えた。奥さまが手ずから菓子を振る舞うのに対抗してひそかに執事の仕事の指南を乞うていた旦那さまの淹れる紅茶は、家族らからも絶賛を浴びるほどの腕前だった。紅茶と焼き菓子の香りに包まれた家族のお茶会はいつまでも続けばいいのにと思えるほどに幸せな時間だった。
幸せな時間は過去のものとなり、紅茶の香りを嗅いだのはいつのことだか思い出せない。私を拾い、執事として育ててくださった家族は政敵によって没落させられ、貶められた。ある人は処刑され、ある人は売られ、ある人は自ら命を絶った。私はそれぞれの墓の前に膝をついて尋ねる。
「私が復讐を請け負ってもよろしいでしょうか」
頼む、と聞こえた気がしたのを寄る辺に、私は拾われる前の手腕を解くと決めた。何十年の空白はあれど、久しぶりに手にした暗器は茶道具よりもはるかに手に馴染む。
「一切、お任せください」

10/28/2024, 3:56:18 AM