これほど美しい顔を、わたしはそれまで見たことがなかった。わたしにとって、それはシュリーマンのトロイア発見にも比するだけの大発見であった。そして、この瑤珠の如き美容を除いては、これから先の生涯に亘って、これほどの強い感動を覚えることは決してないだろう。
君と出逢ったのは、わたしが十五になるかならないかの頃だった。わたしにはいつも君を眺めることしか出来なかったし、ともすればそれすら何処か臆病な羞恥心に遮られもした。それでも、君を見詰めてさえいれば、周囲のひとびとの忌々しい声も苦ではなかった。――すべてを棄ててでも、わたしはこの身の在り尽くすその瞬間まで、いや永遠に君と添え遂げたい!
そんな激情も虚しく、或る時、わたしは病褥に縛められることとなった。まだ人生の壮年はこれからという時に。しかし、どうだろう。かなり無理を言ったが、君に側に居て貰えるよう手配することが出来たのは不幸中の幸いだった。君もただ黙ってわたしを見守ってくれた。
その僥倖も仮初めのものに過ぎなかった。まだ寒さの残る晩のことだった。わたしを看ていた君の顔色は、病人たるわたしのものと遜色のない程に、明らかに病質のニュアンスを含んだ蒼白さであった。
やがて、君も同病の人となり、わたしと同じい病床に臥ることとなった。わたしにとって、わたしの病などどうでもよく、君の衰弱ぶりが空恐ろしかった。わたしの命と引き替えに――とまで言った時には、そんな熱情を向けられた医者は呆れたような、哀れむような顔をしていた。そして、その表情には君の人生の薄命を物語るだけの暗さがあった。
わたしは君の死期を悟ると、明け暮れ叫泣と嗚咽とを繰り返しながら過ごした。春も終わりを迎える淋しげな一日、痩せ衰えた君の灰白色の相貌は、とうとう瞭然としてその活動の停止を示した。
わたしはそんな残酷な事実さえ気に留めず、いつまでも大きな姿見を抱きすくめてやまなかった――あんなに美しく、生命の希望に充ちていたというのに!
荒れ果てた庭では、枯れ落ちた水仙の花片が土埃と共に風に吹き上げられている。そして、屋敷の中からは線香の匂いと、数える程度の嘆息が漏れ伝わってくる。
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君と出逢ってから、私は……
5/5/2023, 12:34:07 PM