愛し合う二人を、好きなだけ

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小説
迅嵐※『たくさんの思い出』の続き



家の鍵は空いていた。ドアノブを回し中に入ると、いつもはきちんと揃えられている嵐山の靴があっちこっちに放り出されていた。視ると、嵐山は寝室に居るようだった。しかし寝室のドアを開けようとするが、何かに引っかかっているらしく、ビクともしない。

「…嵐山」

ドア越しに声をかけるが返答はなかった。きっと、ドアを背に座り込んでいるのだろう。

「ねぇ、嵐山……開けてよ」

ドアに手を添え、おれは情けない声で懇願する。

「……嫌だ」

「謝らせて」

「…………何に対してだ」

「嵐山を信じきれてなかったこと」

はっ、と息を飲む音が聞こえた。しばらくすると小さくドアが開く。ゆっくりと中に入ると、部屋の隅に座り込んでいる嵐山が目に入る。俯いた顔は暗く、いつもの明るさは鳴りを潜めていた。

「…嵐山」

おれはしゃがんで、座り込んでいる嵐山と目線を合わせる。

「…傷つけた。ごめん」

引き寄せるように抱きしめると、肩口から弱々しい声が聞こえてくる。

「……約束、覚えてたんだな」

「…思い出したよ。今まで喧嘩することなんてなかったからすっかり忘れてた」

「……俺は、別に女とか男とか関係なく迅が好きだ。…………でもお前にとって俺は…性別で人を好きになるような人間に見えていたということだろう?」

「違う、違うんだ嵐山」

震える声で続ける嵐山は、自らの放った言葉にさえ傷ついているようだった。

「迅…俺は…お前の何だ?」

問われ、おれは目を見開く。そして、嵐山を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

「……お前は…おれの未来だ」

え、と小さく掠れた声が、おれの耳に届く。

「未来で、希望で、宝物」

「……」

「だから、取られたくなくて焦った」

「…迅…」

「お願い、遠くに行かないで。……我儘かな…」

許してもらえるだろうか。おれは少し怖くなって、嵐山の首元に顔を埋める。

「………全く、しょうがない奴だな」

嵐山の温かい手がおれの背に回る。

「この我儘勘違い予知予知歩きマンめ」

「……ごめんって」

「俺が可愛い女の子に靡く?…バカ。お前は俺の何を見てきたんだ」

「……うっ…」

「…でも、約束覚えててくれてありがとう」

どちらともなく身体を離す。よく見ると嵐山の頬には涙の跡があった。ここに来てからずっと泣いていたのだろう。おれは嵐山の頬に手を伸ばす。涙の跡を親指でなぞると、嵐山は少しだけ気恥ずかしそうに笑った。

「…泣かせちゃったな。ごめん」

「いや、俺こそ悪かった。迅の気持ちを考えずに行動してしまった」

お互い謝ったところで、ふっと笑みを零す。始めての喧嘩は、硬い床の上で収束したのだった。



「…ところで迅、俺ってお前の宝物だったんだな」

「なっ…そこ蒸し返さなくていいだろ!」

11/20/2024, 12:40:21 PM