『それでいい』
彼女に触れるための合図なんて持ち合わせていなかった。
強いてあげるなら、念入りにハンドケアをするくらいか。
彼女が気づいてくれているかはわからずじまいだ。
だから、俺は先にベッドで横たわっていた彼女の背中に額をすり寄せながら、腹部に緩く腕を回す。
「今日、いいですか?」
俺に合わせてベッドを大きくしたとはいえ、彼女の背中に顔をつければ長さが足りなくなった。
彼女の足に自分の足を絡めてぎゅうぎゅうと丸め込む。
「えっ」
戸惑いの声をあがる彼女の肩が、小さく跳ねた。
「ダメですか? それとも気分じゃありませんでしたか?」
「ダメ、というか。だって、昨日も……」
「ええ。でも、昨日は俺の好きに触れてしまいましたから、今日はあなたのリクエストに応えるつもりです」
「なにそれ」
「俺に、どう触れてほしいですか?」
「どうって、別に普通? でいいんじゃない?」
「普通って?」
「や、だから。キスして、慣らして、挿れて…………。だ、出して、寝る……?」
「……」
性行為における行程の話をしているのではない。
彼女の言葉を借りれば、その「慣らし」の部分の具体性を求めていたのだ。
そして、それで言うなれば、俺としては「出す」と「寝る」の間に、「一緒にシャワー」「あわよくばワンモアセックス」を挟みたい。
「それ、結局いつも通りじゃないですか」
「うん。それでいい」
「は?」
間髪入れずに肯定した彼女に、俺は生唾を飲んだ。
あっっっぶな。
問答無用に彼女の小さな口内に舌を捩じ込むところだった。
必死に取り繕った冷静さも、彼女の前ではなんの意味を持たない。
彼女を抱きしめる腕に、つい力が入った。
「意味、わかって言ってます?」
きゅ、と俺の手にそっと彼女は指を乗せて、小さくうなずく。
「わか、ってるよ。さすがに……」
昨夜、熱を高めあったあとだ。
俺の触れ方がしつこいだの、長いだの、ねちっこいだの、余韻もへったくれもなく散々文句をたれたのは彼女である。
そんな俺に対して、彼女は俺に全てを委ねようとしてきたのだ。
既に昂っている熱が渦巻いている状態で、その言葉は誘惑以外のなにものでもない。
「自分で文句言ったクセに」
「だって、急にどうされたいとか言われても、わかんないし……。それに、イヤ、だって思ったことはないもん」
「じゃあ昨日の文句はなんだったんですか」
「だ、だって!」
俺の手の上に乗せていた彼女の指に、力が込められる。
「体力は絶対に私のほうがあるはずなのに、いつも先にへばるのが私なんだもん。おかしいじゃん」
「いくら性能がよかろうと軽自動車と大型車では積めるガソリンの絶対量が違うじゃないですか」
「それって私がチビだってこと!?」
小さくてかわいいのは事実だろう。
どうにもならない身体的なことを気にしてるのもかわいくてたまらない。
「そもそも、あなたが会社から帰宅するときはほぼガス欠状態でぽやんぽやんでノーガードですし。そんな状態で体力の話をしてもナンセンスでしょう。危なっかしくて見てられないからそろそろ本気で電車通勤をやめさせたいくらいですよ」
「……走れってこと?」
彼女はなぜかやぶさかでもない反応を示すが、荷物を持ってジョギング通勤など腰や肩を痛めたらどうするつもりだ。
俺が言いたいのはそういうことではない。
「違います。もう少し金貯めて車買って、専業主夫になった俺が毎日あなたを送迎するんです」
「あきれた。とんでもないこと企ててやがる」
「ふふ。まあ、それはともかく」
彼女の腹部から腕を抜き、体を反転させる。
すかさず俺は彼女の上にまたがり、ベッドシーツの上に細い両腕を縫いつけた。
「えっ!?」
「俺は、あなたにも求めてもらえるように、もう少しがんばらないといけないみたいですね?」
戸惑いに揺れていた瑠璃色の瞳に、熱が孕み始める。
はくはくと空気を食み続ける彼女の薄い桜色の唇に艶が乗り、喉奥から下心が鳴った。
「……今日は、そのつもりでお願いします」
鼻先をすりつけて俺はそう囁いたあと、彼女だっての希望であるキスを重ねた。
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いつもありがとうございます。
急きょ出かけることになり、ここまでです。
相変わらずセリフばかりで読みにくい状態ですみません。
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4/5/2026, 8:25:02 AM