春一番

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 3月、まだ風が少し冷たい今日この頃、青雲と海想、蒼原と竹凛はお彼岸のため祖母の家に来ていた。墓参りが終わってしまえば暇な4人はちょっとした遊びで飲み物を賭けていた。そして同率で負けた、青雲と蒼原は近くの自販機まで文句を言いながらも歩くことにした。

「あのクイズ、絶対竹凛兄さんのイカサマだよね」

「あはは、負けは負けだよ、蒼原。例え竹凛兄さんがイカサマしていたとしても気づけなかった時点で私たちの負けだ。きっぱり諦めて飲み物を買いに行こうじゃあないか」

「…海想は気づいてたのかな」

「いや、あれは先に竹凛兄さんが仕込んでたとみた」

「……もしかして、青雲は気づいてたの?」

「まあ、分かりやすかったからねえ。だからノってあげたのさ」

 得意気に人差し指を立てて笑う青雲を見て、蒼原はため息をつく。ふと、道向が騒がしいことに気がついて目をやると、そこには喪服を着た人たちが疎らに家に入っていく様子が見えた。

「ああ、坂本さんのうち、誰が亡くなったんだねえ」

 ひょこっと青雲が顔を出し、蒼原もそれをもう一度確認する。別によくしてもらったとか、話したことがあるわけではなかったが、田舎という狭いコミュニティの中で聞いたことはある程度の家の名前だった。

「そういえば、ばあちゃんがなんか言ってたなあ。坂本さんちのじいさんがどっか手術してから、めっきり弱ったとかなんとか」

それかなあ、なんて呑気にいう青雲とは正反対に蒼原は少し顔をしかめながら、なにも言わずにその光景を見つめていた。ふと見えた泣いている初老の女性を見て

「…ああ、やっぱり亡くなったのはじいさんの方だったね」

と青雲は納得したように呟いた。

「それにしても、みんな飽きもせずによく泣けるねえ」

「不謹慎だよ、青雲」

「そう?」

 青雲は飽きてしまったのか、蒼原の腕を引いて歩き始めた。蒼原は足を縺れさせながらも、それに倣い歩き始める。

「…誰か大切な人が亡くなって、泣くのは当たり前のことだよ」

「でも、誰だっていつかは死ぬんでしょう?なら、心の準備とかそんなの生きているうちにできるものじゃあないの?」

「そうだとしてもだよ。青雲も近しい人で考えてみれば分かるんじゃない?例えばお母さんとお父さんとか…」

 蒼原にそう言われて青雲ははあ、と首を傾げた。蒼原はあ、と思い発言を取り消す言葉を考えたが

「…私たちのことを道具くらいにしか考えてない人たちが亡くなっても、所有者が消えたな~くらいにしか今のところは思わないなあ」

と笑いながら青雲に言われ、頭を抱えた。その隣で青雲は不思議そうにまた首を傾げた。蒼原は気を取り直すように一つ咳払いをすると、思いつく名前を口に出す。

「…海想」

「楽になれてよかったね、と思う」

「竹凛兄さん」

「たしかに悲しくは思うけど、竹凛兄さんもきっと楽になれたと思うと少し安心するかも」

 その後も、友人や先生、蒼原の知っている限りの名前を上げていくが、青雲は笑いながらのらりくらりと答えていく。そして蒼原はお手上げだと言うように両手を軽く上げた。

「ここまで上げても悲しく感じない答えを用意できるなんて、筋金入りだね…」

「答えを用意できるなんて失礼な…!……まあ、私にも亡くなったら悲しく思う人くらいはいるさ」

「誰?」

「君」

 今度は蒼原がはあ、と声を上げた。青雲はその反応は傷つくねえ、とからから笑いながら蒼原を見た。

「考えたんだよ。彼らが泣いているのは亡くなった人についてじゃなくて、亡くなった人との記憶に対して、だって。記憶を作りたいから生きていたいと思えるんだって。

「僕は、君がいてくれるから、まだここにいたいと思える

「蒼原、君が、先に死んだときを考えたんだ。…君がいなくなったら、僕は息の仕方すら忘れてしまうかもしれない」

 青雲はやっと着いた、自販機の前でお金を入れて、まず、レモン味の炭酸飲料のボタンを押した。蒼原は何も言わず、ガタンと落ちてきたペットボトルを取り出した。

「…もし、蒼原が死んで、布団の中で動かない君を僕はずっと見ていたとして、こうして蒼原と罰ゲームで飲み物を買いにきたことをきっと僕は思い出す。他にも、ドライブに行ったり、海に行ったことを思い出す。そうすると自然と涙を流す僕が想像できたんだよ。」

 次に冷たい緑茶、砂糖の入ってないコーヒーとぼたんを押していく。

「だって、蒼原、君と出会ってから、私は…

「君が僕の世界なんだよ。」

 最後に白い乳酸菌飲料を買って、蒼原はゆっくりとそれを取り出す。いつの間にか他の買った飲料水には水滴がついていた。青雲はお釣りを取り出すと、さあ、行こっかと言い、蒼原から半分飲み物を受け取った。蒼原はその姿と、さっきの言葉を思い返し、小さく息をついた。

「青雲」

「なに、蒼原」

「きっと僕が死んでも、青雲は楽になれてよかったねっていうと思う」

 青雲の流れる空気が一瞬止まった。蒼原はそれに気づかず、飲み物についている水滴を小さく払った

「だって青雲は生きることが苦しいって知ってるから、さっき言ったのと同じことを言う。ただそこに記憶がついて、置いてかれて、ちょっとさみしくなるだけだとよ」

 蒼原はうんうんと小さく頷きながら、一人納得する。自分のためになく青雲はあまり想像できなかったから、こっちのほうがしっくりくると心の中でごちる。

「でも少し安心した、僕は君を泣かせたくないし」

 そう言いながら蒼原は青雲にもう行こうと声を掛けようとして、言葉が出なかった。青雲の顔がまるで迷子の子どものような顔をしていたから。

「青…雲?」

 蒼原が小さく呼ぶと、青雲は弾かれたように、あ、と声を出し、またいつもの笑顔を浮かべ、ごめんごめん、ボーッとしちゃった、と笑った。そして

「蒼原がいうならそうかもしれないねえ」

と言い、帰ろうと歩き始めた。蒼原は首を傾げながらもそれに答えて、青雲の隣を歩く。取り留めのない話をしながら祖母の家に帰ってきて、蒼原は文句を言いながら靴を脱ぎ慌ただしく家に入る。少し遅れて青雲もただいま、と言った。しかしさっき蒼原に言われた言葉を思い出し、俯いた。

「まったく、伝わらないなあ…」

 奥から、青雲を呼ぶ声がして急いで玄関を上がる。扉を開け、みんなの顔を見る頃には、青雲はいつもの笑顔で笑っていた。

5/6/2023, 8:59:24 AM